ふるさと
というのとは
ちがうところでも
住んだ場所は
みな
胸の奥がきしむほどに
過去へと
心臓が引き戻されるほどに
なつかしい
いまの住まいの
廊下に居ても
かつて住んだ家々の
あの廊下
この廊下
みな
思い出されて
立ち止って
こまかく
思い出していることが
ある
廊下でさえ
そうなのだから
寝室など
寝入ろうとして
あかりを消すやいなや
あの寝室
この寝室
みな
思い出されて
いつまでも寝つけなくなる
このあいだ
洗面所で
歯ブラシをくわえたまゝ
四歳ごろに住んでいたアパートの
洗面所や風呂のようすを
まったく
覚えていないのに気づき
呆然としてしまった
奥の部屋も
キッチンも
通路もトイレも
よく覚えているのに
洗面所と風呂が
まったく浮かんでこない
部屋から玄関に向かう通路の
左に
トイレがあるのが
いまも
よく見える
けれども
風呂は見えない
洗面所も見えない
思いのなかで
トイレの前に立ち
見まわしてみる
風呂はトイレのむこう
玄関と並んで
外に近いところにあったはずだと
見まわしてみる
洗面所は?
ひょっとして
台所の流しで済ましていたのか?
そんな時代でもあり
若い両親は豊かでもなかった
そう思いながら
洗面所もさがそうとする
玄関を左に見ながら
まっくらでもない
ぼんやり明るいような
通路をきょろきょろしながら
さがし続ける
さがし続けている
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