2020年3月1日日曜日

ウィルスのおかげで哺乳類のうちの有胎盤類は発生したのだから

 

ウィルスの侵入から逃れることは生物にはできない
そもそも
ウィルスのおかげで
哺乳類のうちの有胎盤類は発生したのだから

2500万年前のこと
哺乳類のあるグループの生殖細胞に
レトロウィルスが感染した
この証は
内在性レトロウィルス配列というかたちで
現在の人間のDNAに残っている

レトロウィルスのエンベロープたんぱく質をつくるシンシチン遺伝子は
哺乳類の体に侵入して
ジンチシウム細胞を作る遺伝子となった
この細胞は
胎盤の胎児側の表面にある絨毛膜の表面を覆っている
絨毛膜は子宮壁から胎盤へと噴出する母体の血液を受け止める働きをする
つまり
母体と胎児の血液間でのガス交換と物質交換を
ジンチシウム細胞が仲介している

宿主の細胞のなかに隠れ込んで以来
2500万年のあいだ
突然変異を重ねに重ねるうちに
いつのまにかじぶんの本質を忘れてしまっていた内在性レトロウィルスが
妊娠が起こるや否や
子宮の細胞内でふいに目覚めることになる
「じぶんはウィルスだったんだ!」
遠い昔のじぶんのアイデンティティが蘇る
そうしてシンシチン遺伝子が活性化され
mRNAが大量に作り出され
シンシチンたんぱく質が大量に作り出されて
ジンチシウム細胞が形成されていく
こんなことがわかったのは
けっこう最近のことで
2000年の科学誌「ネイチャー」の論文でのこと*
どうりで
学校の生物では習わなかったわけだ

新型コロナウィルスはエンベロープを持っているウィルスだから
石鹸で手を洗ったりアルコール消毒したりすれば
エンベロープを破壊できますよ
ウィルスを退治できますよ
とさんざん勧められているが
そのエンベロープが
じつは
じぶんたちを形成してくれた胎盤表面のあの絨毛膜の原理であると
皮肉でもあれば
とほうもなく面白くもある
数千万年後に現われうるかもしれない生物の
胎盤機能をあらかじめ破壊することで
既存の古い生物たるわれわれは
必死に生きのびようとしているのかもしれない

シンシチン遺伝子以外にも
現在のヒトの胎盤形成に重大な寄与をする遺伝子があって
それらはレトロトランスポゾンと呼ばれている
そのうちのPeg10**Rtl1***は有名だが
これらなども
2006年や2008年の科学誌「Natureの論文で発表されたばかりもの
明らかにしたのは
東京医科歯科大学の石野史教授の研究グループだというから
なんだか
親しみが湧いてくる





*Mi S et al. (2000) Syncytin is a captive retroviral envelope protein involved in human placental morphogenesis. Nature 403, 785-789.
**Ono R et al.(2006) Deletion of Peg10, an imprinted gene acquired from a retrotransposon, causes early embryonic lethality. Nature Genet. 38, 101-106.
***Sekita Y et al. (2008) Role of retrotransposon-derived imprinted gene, Rtl1, in the feto-maternal interface of mouse placenta. Nature Genet. 40, 243-248.




0 件のコメント: