2020年9月16日水曜日

岸部四郎讃

  

岸部四郎が死んだそうな

 

人生というものの

いい

表現者だった

とっても

いい

表現者だった

 

自己破産して

脳出血で倒れて

再婚した14歳下の若い奥さんを心臓発作で亡くして

それからさらに体がダメになって

どんどん衰えていく運命を嘆き

永訣した妻を惜しみ

もう会えないとぽろぽろ涙を流し

金持ちだったのに貧困に落ちいった身を嘆く

恥も見栄もどこへやらの

あられもない嘆きっぷりが素晴らしく

気持ちよかった

人生の表現者というのはこういうことだな

と感心して

女々しい嘆きっぷりに見入った

 

私小説家の本流に

ひさしぶりに真向かうようだった

身に降りかかる艱難辛苦を

これでもかこれでもか

と女々しく歌い続ける啄木流短歌の末裔

小林一茶流の俳諧の流れ

どうしてどうして

まだまだ此処にあり

という感じの

いい嘆き節

いい涙

惚れ惚れするような心身衰弱と

古典芸能そのもののような凋落ぶりを

たびたび見せてもらった

 

人生を演じる

とは

俳優たちが平気で口にする優等生文句だが

演劇や映画や小説など

所詮は創作という額縁の中だけのお座興

額縁から乗り出して

じぶんの心身を以て凋落と破滅と衰弱を演じる人は

なかなか

居やしない

衰亡の折にはどこかに隠れてしまって

老残の身を市井に晒すど根性ある生き方を

もう現代の人間はしない

 

そういう時代に

岸部四郎はずいぶん健闘した

いやいやいや

いい劇をながく見せてもらいました

葛西善蔵賞を拵えて

岸部四郎さん

あなたに今夜は贈呈いたしたく思う所存でございます





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