2023年8月30日水曜日

モイラとかモイライとか

 

 

 

横にながいビルなので

すべてのあかりが消えていると

お城のようにも見える

 

目の前に現われた時は

実際

どこのお城だろう?

と思った

 

しかし

お城ではない

風景としてずいぶん馴染んでいた

渋谷の大型ビルだ

できた時には

1階や2階に飲食店や

ゲームセンターがたくさん入り

ラーメン屋やスパゲティ屋は

よく利用した

 

そんなビルも

取り壊しが迫ってきたらしい

すべてのあかりが消えて

出入りする人たちも皆無になってみると

逆に凄みのある存在感で

夜の暗さの中に鎮座している

 

まわりは真っ暗で

もう建物はひとつもない

墨を流したような

とか

墨汁を流したような

という

暗さの形容があるが

真っ暗に見えても暗さに濃淡があり

薄墨を流したような暗さのところもある

 

あんなにたくさんのビルで

ひしめくようだった渋谷なのに

目の前にあるビルの他は

もうなにもない

すべての建物が取り払われて

黒土が露出している

 

 

 

 

ぐんぐん彼女は進んでいくので

暗くなったお城のようなこのビルを

眺めている暇もない

 

たくさんのビルはなくなったが

広大な跡地には

掘っ立て小屋のような簡易な家を建てて

住みつく人たちが増え

そうした家のあいだを抜けて

彼女は進んでいく

 

どの家にも塀や門などはなく

家のまわりには

夜でもたいてい洗濯物が干されていて

それらの隙間を縫って

ぼくらは進んでいく

 

塀がないと言ったって

あんまり家の近くは通らないほうが

いいんじゃないかな?

などとぼくは言ってみるが

彼女は聞き入れるそぶりもなく

あいかわらずどんどん進んでいく

 

 

 

 

それにしても

あれほどビルが立ち並んで

繁栄を極めたように見えていたのに

黒土の上に平屋がぱらぱら立ち並ぶだけの

貧しい時代の郊外のようなこの風景は

どうしたことだろう?

数十年でこれほどまでに

土地の風景というのは

変わってしまうものだろうか?

あれらたくさんのビルを建て

活用したり維持したりしていたひとつの文化は

これほど少しの時間で

こんなにも容易に消滅していくものか?

 

見えている空気の暗さに驚きながら

どんどん進んでいくばかりの

彼女に遅れまいとこちらも足を速めながら

黒土の上を進み続けていく

 

いつもどこでもこうだった

ぼくを導きながら

ときどきついて行けなくなりそうなほど

はやく好き勝手に

ぐんぐん

どんどん

彼女は進んで行き

見たこともない

見るとも思えなかった風景の数々に

ぼくを直面させ続けたのだ

 

彼女は誰だったっけ?と

ときどき確認しようとするのだが

ずいぶん曖昧に

いい加減に

いつもどおりに呼んでおくしかない

運命

 

モイラとか

モイライとか

クロートー

ラケシス

アトロポスの

運命の女神の三姉妹

などと

ちょっと箔をつけて

ギリシア語で呼んだりする必要は

ない

 

 




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