2023年8月20日日曜日

五十四歳で死んでしまったカール・リヒター


 

 

知ってはいても

思い出すたび

そして

確認し直すたび

小さく驚いてしまう

 

カール・リヒターが

五十四歳で

死んでしまったということ

 

1981

滞在していたミュンヘンのホテル「フィア・ヤーレスツァイテン」

431号室で

心臓麻痺で急死した

ということ

 

ライプツィヒ音楽院に入学し

聖トーマス教会のカントルであったカール・シュトラウベと

ギュンター・ラミンの下で学び

1949年に教会音楽の国家試験に合格して

聖トーマス教会のオルガニストに就任した

本物中の本物のオルガニストだった

 

100以上のレコード録音を行ない

バッハの普及に努めた

 

ドイツ・グラモフォンの古楽専門レーベルであるアルヒーフでの

『マタイ受難曲』

『ヨハネ受難曲』は特に有名だが

バッハの本質はカンタータにあるとして

みずからライフワークとして

20年以上をかけて約70曲のカンタータ録音をした

 

フルート奏者のオーレル・ニコレによれば

カール・リヒターは

こう語っていたという

 

『生きているかぎり

わたしは音楽を学び

音楽をじぶんに叩き込まなくてはならない

ただ単に暗譜するとか

芸術的に演奏できるようになればいいというのではなく

文字通り完全に』

 

そのカール・リヒターの

伝説的な『ブランデンブルク協奏曲』第5番の

指揮も兼ねた

チェンバロ・ソロの

あの場面

 

https://youtu.be/vMSwVf_69Hc

 

 





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