2017年1月16日月曜日

偶然はない まったくない



眠りに落ちる頃の
落ちたようだった眠りから逆戻りする頃の
眠りの渦にまた落ち込んでいこうとする頃の
抽象思念

人生とやら
生とやらさえ
すっかり脱いでしまっているような
あやうい
存在の裸のまゝで

ストンと
落っこちてきたのを
しかと目の前の地に受けとめて
見つめた

偶然はない
まったくない
という
重い大きな石塊のような
この世の構造への
最終理解

なぜ固有名詞が重要か
色の描写に
なぜ色彩辞典で細かい色名をさがすのが必要か

13時26分と
13時27分の決定的な違い

さっき指で掴んだペンがMITSUBISHI製で
きのう同じノートに記すのに指先に取ったのは
Watermanの少し高価なボールペンだったこと

その時に鴉が数回鳴くのを聞いたこと

Watermanのペンが机上にあるためには
幾人もの知りあいの連鎖が
18年ほどの間に成っていなければならなかったこと

思い出してみれば
それらの全員と
出会う瞬間まで予期できない知り合い方をしたこと

特にふたりの男性とは
空港での飛行機遅延を被ったことによる出会いだったこと

1時間半以上搭乗が延びるのがわかり
いちばん近い雰囲気のよいカフェに入ろうとしたが
よい席が空いていなかったため
離れた騒がしいファーストフード店に入り
コーヒーを買ったものの
つるつる滑るプラスチックの椅子に閉口して
31番の搭乗ゲート前のソファに座ったら

隣に誰かを待っている外国人がいて
ずいぶん激した様子で携帯電話で声高にしゃべっているので
ちょっと離れようと席を立ち

さっき席の空いていなかったカフェの前に来たら
ずいぶんと空きができていて

他で買ったコーヒーの紙コップを持っているが
ここの店のコーヒーを買い直すから
坐っていいかと店員の金髪の娘に聞いたら
どうぞどうぞ
他の店のそのコーヒー
特別にここで飲んでもいいですよ
と親切に言われ

それでは
と喜んで座り
なにも取らないのも悪いから
特製マフィンというのをふたつ頼み
ブルーベリーソースと
スィートレモンソースが皿に一緒に載ってきていて
さらにミントの葉が添えられているのを
嬉しく思い
ちょっと写真でも撮っておきたい気になったが

こんな小さなものを撮っていたら
これから赴く先でたいへんな量の写真を撮ることになるから
やめておこうと思い直し
ひとつのマフィンを裂いて
ブルーベリーソースにちょんと付けて
口に運んでみるうち

傍の席でパソコンを叩いていた黒人の青年が
手を挙げて店員を呼び
私のマフィンを指しながら
同じものを
と注文

なんとなく目があって
微笑みながら
これ、なかなかおいしいよ
と言うと
そう見えたよ
知りあいになって

この青年ジャックとの間に
まったく未知の世界が開けていくことになったのだった

Watermanのペンに行く着くまでには
ジャックから
さらに6人ほどの人間の連鎖を経験していく必要がある
そのほとんどが
行くはずではなかった場所
しかたなしに入った店
その時には非常に困ったり
不愉快だった珍事の結果
ずれ込んだ時間や
服の汚れや
落ち込むほどの塵労の過程で
出会う
ことになった人々で
そもそも
うまく予定通りに
望んだ通りに事が運んでいれば
絶対
出会うはずはなかった

眠りに落ちる頃の
落ちたようだった眠りから逆戻りする頃の
眠りの渦にまた落ち込んでいこうとする頃の
抽象思念

その流れの中で
あれこれをめぐっての
事の現われ
ものの結びつき
人から人への連鎖
あるいは
断絶
絶交
そのゆえの
別の人との新たな連鎖の発生

それらを思い廻らせて

あらためて
そして
そろそろ
最終的な認識として受けとめるつもりになったのは

偶然はない
まったくない
という
重い大きな石塊のような
この世の構造への
最終理解

目にも見えない
極微細の
確固とした意味と
そこにそのように至るまでの過程と
然るべき仕方に依れば
必ず物理的なまでの輪郭を確かめつつ遡行して辿れる
無数の繊維で織り合わされた
無辺広大な
精巧な細工としての
わたし



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