眠りに落ちる頃の
落ちたようだった眠りから逆戻りする頃の
眠りの渦にまた落ち込んでいこうとする頃の
抽象思念
人生とやら
生とやらさえ
すっかり脱いでしまっているような
あやうい
存在の裸のまゝで
ストンと
落っこちてきたのを
しかと目の前の地に受けとめて
見つめた
偶然はない
まったくない
という
重い大きな石塊のような
この世の構造への
最終理解
なぜ固有名詞が重要か
色の描写に
なぜ色彩辞典で細かい色名をさがすのが必要か
13時26分と
13時27分の決定的な違い
さっき指で掴んだペンがMITSUBISHI製で
きのう同じノートに記すのに指先に取ったのは
Watermanの少し高価なボールペンだったこと
その時に鴉が数回鳴くのを聞いたこと
Watermanのペンが机上にあるためには
幾人もの知りあいの連鎖が
18年ほどの間に成っていなければならなかったこと
思い出してみれば
それらの全員と
出会う瞬間まで予期できない知り合い方をしたこと
特にふたりの男性とは
空港での飛行機遅延を被ったことによる出会いだったこと
1時間半以上搭乗が延びるのがわかり
いちばん近い雰囲気のよいカフェに入ろうとしたが
よい席が空いていなかったため
離れた騒がしいファーストフード店に入り
コーヒーを買ったものの
つるつる滑るプラスチックの椅子に閉口して
31番の搭乗ゲート前のソファに座ったら
隣に誰かを待っている外国人がいて
ずいぶん激した様子で携帯電話で声高にしゃべっているので
ちょっと離れようと席を立ち
さっき席の空いていなかったカフェの前に来たら
ずいぶんと空きができていて
他で買ったコーヒーの紙コップを持っているが
ここの店のコーヒーを買い直すから
坐っていいかと店員の金髪の娘に聞いたら
どうぞどうぞ
他の店のそのコーヒー
特別にここで飲んでもいいですよ
と親切に言われ
それでは
と喜んで座り
なにも取らないのも悪いから
特製マフィンというのをふたつ頼み
ブルーベリーソースと
スィートレモンソースが皿に一緒に載ってきていて
さらにミントの葉が添えられているのを
嬉しく思い
ちょっと写真でも撮っておきたい気になったが
こんな小さなものを撮っていたら
これから赴く先でたいへんな量の写真を撮ることになるから
やめておこうと思い直し
ひとつのマフィンを裂いて
ブルーベリーソースにちょんと付けて
口に運んでみるうち
傍の席でパソコンを叩いていた黒人の青年が
手を挙げて店員を呼び
私のマフィンを指しながら
同じものを
と注文
なんとなく目があって
微笑みながら
これ、なかなかおいしいよ
と言うと
そう見えたよ
と
知りあいになって
この青年ジャックとの間に
まったく未知の世界が開けていくことになったのだった
Watermanのペンに行く着くまでには
ジャックから
さらに6人ほどの人間の連鎖を経験していく必要がある
そのほとんどが
行くはずではなかった場所
しかたなしに入った店
その時には非常に困ったり
不愉快だった珍事の結果
ずれ込んだ時間や
服の汚れや
落ち込むほどの塵労の過程で
出会う
ことになった人々で
そもそも
うまく予定通りに
望んだ通りに事が運んでいれば
絶対
に
出会うはずはなかった
眠りに落ちる頃の
落ちたようだった眠りから逆戻りする頃の
眠りの渦にまた落ち込んでいこうとする頃の
抽象思念
その流れの中で
あれこれをめぐっての
事の現われ
ものの結びつき
人から人への連鎖
あるいは
断絶
絶交
そのゆえの
別の人との新たな連鎖の発生
それらを思い廻らせて
あらためて
そして
そろそろ
最終的な認識として受けとめるつもりになったのは
偶然はない
まったくない
という
重い大きな石塊のような
この世の構造への
最終理解
目にも見えない
極微細の
確固とした意味と
そこにそのように至るまでの過程と
然るべき仕方に依れば
必ず物理的なまでの輪郭を確かめつつ遡行して辿れる
無数の繊維で織り合わされた
無辺広大な
精巧な細工としての
わたし
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