玄関ホールに
よく響く大時計が置かれてあった
盲目の生田さんのお家
午後中ずっと
生田さんとわたしだけで
しかも大きなお家だったので
大時計が時を刻む音が
どこにいても
よく聞こえていた
あの音のおかげで
家の中では
ずっと動きやすくなる
という
センサーの網のように
音は家の中に行きわたり
大時計からの距離を感知させるので
精度の高い地図の上を
さまざまの糸をたどるように
移動できる
「音のどの糸にも
「大時計からの距離が
「染められていますから
生田さんから離れて
お家の中を
さまよわせてもらっている間
大時計の音を
わたしも聴きながらも
わたしはまた
わたしで
離れている生田さんの
存在の雰囲気を“聴いて”いた
音をうるさく立てなくても
生田さんが移動すれば
移動した雰囲気が聴こえる
だいたいは
いや
ほぼ正確に
お家の中のどのあたりを
生田さんが移動中か
わたしには聴こえていた
お別れして
街を歩いて行きながら
まだ生田さんが感じられるだろうか
そう思いながら
見えないアンテナを張ると
まだまだ感じられた
電車に乗っても
駅の雑踏から
ホームや別の駅の雑踏を抜けても
商店街の騒がしさの中を進んでも
まだまだ感じられた
ひとつ
あたらしいアンテナが伸ばせたなと
きょうは
楽しかった
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