2017年6月30日金曜日

あかるく暗い凝った開き切ったまなざしを


引越しをかさねて
いろいろな住まいを経てきたが
おまえ
むかし買った大きな机も
いっしょに
旅を続けている
大き過ぎるほどなので
引越しの際は
ひどくかさ張るから
もう手放してしまおうかと
今度も思ったが
まだ
どっしりと
一室に場所を占めている

おまえに向ってみると
左側が壁だった時の部屋や
障子だった時の部屋
書架や本の山だった時の部屋など
どれもいまだに
それらの異なった
一部屋一部屋に
置かれているかのよう
机の前はたいてい壁だったが
ワンルームの書斎の時には
玄関に向かって
置いていたこともあった

そうして右側には
通路を挟んで
書棚が並んでいた部屋もあったし
ソファがしばらく置かれていたり
その後はカーペットの空間であったり
自転車が置かれていたりした
この間までは東に向いた窓があり
夜明けまで仕事をし続けると
上った太陽の光が一閃
顔に届いたりした

そうして
いま   おまえは
おゝ、机よ
いつにもまして堂々と
部屋の中央に置かれている
壁が一面しかない部屋で
その壁を書棚に奪われてしまったから―
そういう理由からではあるが
まるで主役のように部屋の中央に
悠々と安らいでいる
高層階なので夜も
ろくろくカーテンも引かないから
おまえからは都会のビル街の
無数のあかりも点滅も
いつも見えている
オレンジに灯されたタワーも
黒く静まる中心の森も
夕暮れてしばらくのうちならば
照らし出されて
柱の影や装飾の浮き彫りになった
議会の尖塔部も見える

こんな風景を
おまえと目の前にしていることが
わたしには不思議でならない
どこがいちばんよかったのか
いまがいいのか悪いのか
想いのそんな廻り道はとうに捨てて
わたしは目の前に見える
こんな風景とはべつの
昔まだ物さえ思わない頃から
見えていた風景のほうへ
いよいよ盲人のように
あかるく暗い凝った
開き切ったまなざしを
向けようとしている



2017年6月29日木曜日

しまい

  

風景のような人群

うごめき

その中の
点景のような
ひとり
ひとり

うごめき

ぼくは
もっともっと
遠い生活をしていこう

いまを
尊重もしまい

“いま此処”
などと
知ったかぶりの
宗教かぶれが
むかしから説いているが
歴史を見通す目で
しっかり位置を与えられなければ
“いま此処”など
どこでも
よくなってしまうだけ

けれど
歴史を見通す目も
身体と脳の老化によって
一体あたり
せいぜい数十年で失われていく

“いま此処”でもなく
歴史を見通す目でもなく
さらに超えた
普遍のものはなにか

それを
あきらめることが
超克か

あきらめつゝ
“いま此処”に陥らない
ありかたは
なにか

もっともっと
遠い生活をしていこう

なにも
尊重はしない

しまい



2017年6月26日月曜日

そろそろ蓮の花も芽を

  
暮春には春服既に成り、冠者五六人、童子六七人、
沂に浴し舞雩に風じ詠じて歸らん。
「論語」先進第十一


そろそろ
蓮の花も
芽を伸ばしはじめてきているかな…

なにもかも空無だ
と断言する
のに
反対なのは

そう断言したひとも
その発言も
ただちに空無だ
という
こと
になって
論理的な矛盾に
陥ってしまうから

どの宗教でも
空論は
緻密な論理学で支えられている

なにもかも
という
粗雑な包め方をしないよう
まずは
自戒しようじゃないか



写真を撮っておこうかと思ったが



スマートフォンの黒いモニター画面のわきに
くしゃくしゃ
丸めた
ティッシュペーパー

午前3時少し前

どちらも
エボニーの机の上にある

写真を撮っておこうかと思ったが
この絵では
スマートフォンも登場者

動かせないな
撮れないな

しかたなしに
言葉で

こんなふうに



ここはそういうカフェです



コーヒーカップは
なんら特別でない真っ白なもの
小さめの
ソーサーとお揃い
カップにも
ソーサーにも
小さな紋章が
浮き彫りされている
気づく人だけが
少し心を引き締められる飾り

大窓沿いのカウンターにいるので
カップのむこうに
間近の高層ビルの中層が見える
夕暮れに近づく西空を
窓ガラスがひとつひとつ
どれも同じようながら
それでもとりどり異なった
色合いや彩で
映している

ここは
そういうカフェです



たったのひとつも損なわれないで


梅雨もさかりになって
くもり空がつづいて
つづいて
おや、急に
晴れ間

じりじりと
ひどく暑くなることもあれば
また
うすら寒くもなり
うす着で居眠りなどしたら
からだを
こわしてしまったり

背や首すじに
しめり気を感じながら
いつのまにか
うっすら
汗をかいてしまっているのを
気にしながら

けれども
そんな肌の感覚のなかや
体内の
気持ちのよくない
たえまない変動のなかに
無数の過去の
梅雨時期の光景が
環境が
出来事が
あゝ、おそろしいほどに
たったのひとつも
損なわれないで
残っている

ぜんぶ
ぜんぶ
ぜんぶ…



2017年6月24日土曜日

つるつるっと



どんなになめらかに愛を語るひとも
さっき食べたサンドイッチに味を添えていたハムが
まだハムになる前の若い豚や
たぶん今晩のディナーで食べるのだろう松坂牛のステーキのために
数週間前かそれよりもっと最近に殺された牛のことまで
こころの底から愛しています
だって全世界のすべてをあたし愛しているんですもの
なんてステキな世界
生きているってなんてステキ
などとは
同じなめらかさでは語れないだろう
と思うのは
やっぱり
甘い見方なのだろうな
きっと晴れやかに
さわやかに
あのハムの味ほんとうにステキでした、愛してます
このステーキなんておいしいんでしょう
おいしいもの、ほんとに愛してます
愛してるんです
くらいのことは平気で
つるつるっと言っちゃうんだろうな
なめらかどころか
つるつるっと
つるつるっと




ひさしぶりに思い出しちゃったのは


しかし世の中は小癪になりましたネエ
                                             幸田露伴



すげえな、
“愛”、だってさ…

そう思いながら
あのニュース番組
  このニュース番組
   そのニュース番組
見ていて

すげえな、
“愛”、だってさ…

つぶやきはしないけれど
思ったね

そうして
ひさしぶりに
思い出しちゃったのは

沢田研二が
ぶっとばして歌っていた頃の
あれ
「勝手にしやがれ」*

《べつにふざけて困らせたわけじゃない
《愛というのに照れてただけだよ
夜というのに派手なレコードかけて
朝までふざけよう ワンマンショーで

照れないで
平気で
はっきり
言う時代に
なったよなぁ、外来語を
よくもまァ
ねェ

誠実すぎる坪内逍遙が
とうとう
そのようには訳せなかった言葉の
ライトでくっきり
健康的な
蔓延の平成時代に
幸田露伴
もし蘇ったら
「しかし世の中は小癪になりましたネエ」**
って
また嘆息するだろうか

阿久悠の頃は
まだ
わかってたんだよねェ
照れながら
自信なげに
はっきりしない声で
口に
できるか
できないか
そんな
言葉なンだって

《べつにふざけて困らせたわけじゃない
《愛というのに照れてただけだよ



**幸田露伴『望樹記』




2017年6月22日木曜日

いま背後から



肌に
まとわりつき出した
夏の
はじめの空気よ

遠い時間のむこうから
いちばん最初の
風鈴を呼び
かき氷を呼び
昼日中の陽炎
ひまわり
サルビアも
ダリアの大輪までも
みんな呼び寄せ

いつのまにか
水辺の葦の藪で見つけた
金や緑の黄金虫に
じっと見入っている
ぼくに
またなっている

生まれて
まだ
十年も経っていない
ぼくよ

きみが見れなかった
きみ自身の背や
うなじを
いま
背後から
ぼくは見つめに行く



(こんな遠くに来たのは生れてはじめて。)



……ひとり遊びが続いている

それを確認するために人と群れるということをしないまゝ

記憶に動画はない
瞬間から瞬間への動きを覚え続けているというのは
勘違い
スチール画のようだろうか
しかし
それも
あやふや

あれらの時間や場所
行為
無数の像
それらを覚えていることがわたしを支えているはずだったが
どれもろくに覚えてなどいないなら
わたし
なにに支えられているのか

三大元素?
五大元素?
いや
記憶こそ世界を構築する元素
その記憶の認識に勘違いがあったら?

…あったのだ

…かといって
なにもなかったと言うのは
逃げ

おゝ、夏の逃げ水…!

アスファルトが、コンクリートが、泥の道が、
どれも、
ふたたび、
ふいに、親しい…

   『あたしアラバマからやってきたんだわ。
アラバマからずっと歩いて。
ずいぶん遠くまで来たのねえ。』
考えはさらに走って 
旅に出てからひと月とたたないのに
あたしもうミシシッピ州にいる、
こんな遠くに来たのは生れてはじめて。
あたしが十二のときに家からドーンの製材所に移ったときより
もっと遠くに来ているんだわ……*
  
*ウィリアム・フォークナー『八月の光』(加島祥造訳



あッ、  …という間に過ぎた、幸福の、時の、ような…


  
…市ヶ谷、雨で
外堀の水は増し、今日、緑、ゆたか…
    やわらかい緑…

釣り堀も、今日は誰もいない…

 雨の午前、JR沿線は美しい。工事クレーンの
  水色、グリーン、イエロー、…鮮やかだ、
        総武線沿線だけか、…?、…… …

《人身事故の影響で、横浜線は八王子方面に遅れが出ています…》

…千駄ヶ谷に到ると、もう掘の水はない…

 堀の水の、雨の日のやわらかな緑、奇跡のような、
あッ、  …という間に過ぎた、幸福の、時の、ような…

         …詩ハ、 …詩ヲ、 探シ続ケル心カ、
           ソレガ、詩、カ…?…

……そうかもしれない、探す、そして、
                                             (…もう一言、
                             メモする言葉がほしいが、 
                                         …見つからない…、 )

 …外堀の水の、やわらかい、緑、  …雨の日の、

                                                         奇跡のような、
あッ、  …という間に過ぎた、幸福の、時の、ような…