引越しをしたといっても
倉庫を旧居の街に借りたまゝなので
二週にいちどほど“里帰り”をする
引越しの当座は
本籍のある
もうひとつ前の旧居ちかくの役所に
戸籍を取りにも行った
どこに越しても
都内暮しをしているからこその
ライトな“里帰り”
旧居の街に行っても
もうひとつ前の旧居の街に行っても
ずいぶんと建て直しや
様がわりしたところがあっても
歩いてみていると
懐かしい光景や瞬間が
どこにもペッタリと浮き上がっている
染み込んでいるのでもなく
貼り付いているのでもなく
ニ重写しに見えるのでもなく
ペッタリと浮き上がって
そこ此処にある
(表現って
(むずかしいナと
(だから
(思う
(たいていの人が
(懐かしい思い出や光景や瞬間といえば
(染み込んでいる
(貼り付いている
(ニ重写しに見える
(等などで済ましてしまう
(だから
(それらの表現は通りがよくなっているし
(使い勝手もいいが
(でも
(ウソだ
(ぼくの場合は
(ペッタリと浮き上がって見える
(それも
(透明に見えるのだ
そんなわけだから
旧居の街に行っても
もうひとつ前の旧居の街に行っても
いろいろなところで
足どりが遅くなる
立ち止って
見直してしまう
ここであの時あんなことが
とか
あそこであの人はあんな顔を
とか
そんな映像がすっかり染み上がってくるまで
待っていたくなる
もう一度再生したり
コマ送りしたり
戻したりして
確認し直したい表情や
指の動きや
風に揺れるおくれ毛や
持っていた買い物袋に入っていた
なんでもない
日々の食料品の傾きぐあい
ひょっとして
魚のパックから汁が漏れ出ないかとか
そんな気がかりまで
今ではすっかり聖なる過去の
二度と戻らない瞬間瞬間となって
ペッタリと浮き上がって
そこ此処にある
そんなこんなで
ずいぶん遅くなった足どりを
どうにか進め
新居へ
いまの住まいへ帰ってきてみると
ペッタリと浮き上がっている類のものは
ずいぶん少なくて
足どりがグッと軽くなる
そうして
思う
あゝ、これが今の住まいっていうもの
今というのは
この軽み
ペッタリと浮き上がっているものの
この希薄さ
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