2022年8月18日木曜日

「駿河ミミさま」

 

 

 

 

暑い青さに澄む空の下にひぐらし蝉が啼き、

百日紅の紅い花が咲き出してゐる。

危ふい静謐の中に晩夏がもうきてゐる。

宮柊二

 

 

 

 

いつまで

終戦記念日

などと

他人事のような

無責任な呼び方をし続けるのか

 

敗戦日とでも

シンプルに

呼ぶか

無条件降伏日

とでも

堂々

まっとうに

呼ぶか

すべき815

 

神保町にヘアカットに行ったら

あちこちに

警官がわんさと出ていて

折り畳んだバリケードなんか

道路の要所要所に置いて

待機している

 

毎年

この日はこんなふうです

と美容師は言う

今日なんか

ぜんぜん平穏ですよ

何年か前なんか

店の前で

右翼と左翼と警察でもみくちゃになったことも

ありましたよ

 

さっきなんか

ちょっと面白かったです

右翼が

あの服装で

帽子も被ったまま

ヴェローチェに入っていったら

警察がすぐにやって来て

外に出されてました

 

815日の右翼だって

ちょっとは

くつろぎタイムしたいんじゃないの?

アイスコーヒーかなんか

飲んじゃって

ところでオレはなにやってんだろう?

オレの人生はどうなってるんだか?

なんて

しばし黙考したかったんじゃ

ないの?

 

そんなことを

あれや

これや

話しているうちに

ヘアカットは終わって

まだ

わさわさしている

外に出て行く

 

大通りのほうで

大声を上げながら進んでいく

人の流れがあるので

なにやってんだか?と

ちょっと見に行こうと思ったが

大通りに出られないように

警察がバリケードを広げているので

さっぱりと

やめる

 

コクソー反対

とか言っているから

穀倉…

などと一瞬思うが

あっちの

近頃はやりのコクソーのほうなんだろ

 

どっち転んでも

もう

とうのむかしに終わってる国なのだ

コクソー

やりそー?

どーでもいいさー

などと

なんとなく沖縄弁に近づく

もの思い

 

有名なので

一度食べておかなきゃ

と思っていた

共栄堂に

はじめて下りていって

チキンカレーを注文する

 

なるほど

こういう作り方か…

きらいじゃないが

それほど好きでもないかな

タンにしたほうが

よかったかな

 

いろいろ思いながら

食べていると

前に座っていた白髪短髪

白シャツ

白ズボンの中高年が

立ち上がって店を出て行く

出て行く際に

かぶった帽子が

船乗りの帽子なので

あれ

神保町に港があったかしらん?

などと

横浜めいたことも思う

ひょっとしたら

靖国神社においでになった方か?

815日の

九段下周辺というのは

まこと

百鬼夜行の見飽きない世界となる

 

靖国通り沿いの

古本屋店頭を何軒か冷やかし

一誠堂書店に入って

映画研究の棚の本を詳細に見たが

日本映画史まで興味が広がった今は

どれも価値ある本に見えて

けっこうプレッシャーを感じる

映画の本は

どれもけっこう値が張るのだ

近代文学や古典文学の棚も見るが

今日のところは幸い

『斎藤茂吉と土屋文明』ぐらいしか

研究書に惹かれず

この本は数年売れないままなのを知ってもいるので

散財しないで済む

 

店を出ながら

靖国や千鳥が淵を

わざわざ815日に冷やかしにいくのは

あほらし

やめておこうと思い

素直に家へ向かう

 

最近見た日本映画のうちの

川島雄三の『州崎パラダイス赤信号』や

『幕末太陽傳』や

市川崑の『青春怪談』などが名作で

小津安二郎の映画に傾きがちだった時代の映画観が

がらりと変貌したのだが

そういえば

『州崎パラダイス赤信号』にも

江崎実生の軽いコメディー『逢いたくて逢いたくて』にも

小沢昭一が出ていて

芸達者なところを見せていたと思い

彼の言葉を

靖国通りを歩きながら

思い出したりする

 

昭和の時代は戦争を除けば良かった。

(今の時代)大量生産、大量消費しないと経済が回らないという。

何かムダをしているみたいでおかしい。

僕は納得できない。

節約や倹約、物を大事にするという考え方がなくなって来ている。

食えなくちゃ困るけど貧乏は大事なんです。

僕は貧主主義を唱えます。

かつて軍事大国で失敗し、経済大国へ。

けれどこれもどこかおかしくなっている。

経済小国が淋しいなら、経済中国じゃダメなんでしょうかねえ。

 

小沢昭一の住まいは

どこだったか

知らないが

世田谷の代田に住んでいた時

代沢十字路のスーパー「サミット」の入口で

出くわしたことがある

 

近所に住んでいるのか?

と思ったが

ひょっとしたら

「サミット」の裏に住んでいる

作家の佐藤愛子の家にでも

来たついでだったのかもしれない

 

茶沢通りをはさんで

「サミット」の横に

アマノ動物病院がある

家に居着いていた外猫のミミが

胸に穴のあく大怪我をして帰ってきた時

逃げないように抱きしめて

この動物病院に連れて行った

ミミは家の周囲では恐るべき女帝だったが

縄張りの外に連れ出されると

情けないほどビクビクして

腕をなんとかすり抜けて逃げ帰ろうとした

 

その時作った診察カードには

「駿河ミミさま」

とネームが書かれた

 

ミミは16年ほど前に死んだが

診察カードは

今も机の中にある

 

たぶん

わたしが死ぬまで

机の中にあり続けるだろう

 

ときどき

財布のカード挿しにでも

用もないのに忍ばせてみるのも

いいかもしれない





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