すこし弱っていたらしい
植込みと道のあいだ
カブトムシが落ちていた
クヌギの木など
餌になる樹液の出そうな木は
近所にはないから
脱皮して飛び立ってみたものの
きっと餌になる樹液にありつけずに
まいってしまったのだろう
オスだが小ぶりの成虫で
ちゃんとカブトムシの角はあるが
幼虫時代の栄養が
どうもいくらか足りなかったらしい
しばらく飼ってみようと
忙しくて暑くて雨も降る中を
ホームセンターまで足をのばし
子ども向きの昆虫飼育ケースをさがす
邪魔になるのも困るので
いちばん小さなものを
とは思ったものの
中に木や餌場を置いたら狭すぎる
もう少し大きなものを買うことにして
さてそれから
それから
底に敷く土マットだの
カブトムシ用の餌だの
止まり木にするコルクの棒だの
餌台にするコルクの薄い円盤だの
しめて2000円近くの出費
もちろん子どもの頃は
こんな一式を買ったりはせず
雑木林まで行ってぜんぶ揃えた
いまの住まいは街の真ん中
土ぐらいはどうにかなるし
木だって調達できそうだが
いい大人がシャベルやケースを持って
あたりを徘徊すれば怪しまれる
つまらない用心を強いられる
つまらない気遣いをさせられる
そんな世の中
うちに帰るとケースを開け
特製の土を敷き詰めて
コルクの円盤の真ん中をほじって
皿状に浅くくり抜き
棒にも大きく切り込みを入れて
餌を置けるように工作
カブトムシの餌には
トレハロース入りがいいらしいと
最近の研究でわかったそうで
バナナの匂いのする
なんだか豪華なゼリーを開け
作りたての餌場に小匙でのせる
肝心のカブトムシは
砂糖水を滲み込ませたティッシュとともに
大きなガラスボウルに入れていたが
トレハロース入りのゼリーを
はやく食わしてやるべく
新居の餌場に置いてやろうとすると
なかなかどうして
ティッシュを放そうとしない
足先に破れたティッシュをくっつけ
足をばたばたさせるのを
ようやくコルクに着地させ
特製ゼリーに口を着けさせると
食べ物とわかったのか
やっと静かになった
この特製ゼリーにはちょっと
水分が足りなく見えもするので
霧吹きですこし湿らせた
ひさしぶりに
こうして
カブトムシのいる日々がはじまった
ネットで調べると
カブトムシの飼育法や
注意点がいろいろと出てきて
子どもの頃の暗中模索の飼育法とは
ずいぶん違った便利さがある
スイカなどのフルーツをやると
ムシでもお腹をこわすのでよくない
と指導しているサイトもあり
子どもの頃の飼い方が
いかにいい加減だったか
今になって反省させられる
むかし死なしてしまったムシたちよ
済まなかった、アーメン
知らなかったのだ
無知だったのだ
とはいうものの
スイカを入れてみたら
特製ゼリーよりはるかにお気に入りで
食いつきようがまるで違う
スイカはダメだというサイトは
本当に正しいのかどうか
他のサイトには違う意見もあって
スイカなどでもちゃんと産卵させられるなどと
書いてあるものもある
人間さまの食事事情さながら
糖質制限がいいとか悪いとか
水分がどうだとかこうだとか
カブトムシ飼育世界でも侃侃諤諤らしい
ひとつはっきりしたのは
朝になると土の底ふかくに潜って
夕方どころか
深夜0時まで起き出して来ないこと
8時間どころか
17時間や18時間ほどは
土の中に潜りっきり
これにはずいぶんと驚かされ
考えさせられ
反省させられた
カブトムシが土に潜るのは知っていたし
日中クヌギの根を掘って
子どもの頃にカブトムシ採りもした
けれども
これほど長く土に潜っているのが好きとは
子ども時代からこんなに遠く遠く離れて
今になるまで知らないできた
知らず知らずに
ひどいことをしてきてしまったんだなぁと
今になって悟らされたのだ
むかし子どもの頃
採ってきたカブトムシを
土など入れないプラスチックケースに入れたり
網だけでできている虫カゴに入れておいたり
土を敷いても薄くしか敷かなかったり
そうして明るいところに置いたまま
餌だけはいろいろやったりして
あまり長生きをさせられないことが多かったが
あたりまえではないか
毎日こんなに土にながく潜るのが好きな彼らから
生活の大事な一部を平気で奪ってしまっていたんだから
幼虫時代が恋しくて堪らないからなのか
大切な身体的必要からなのか
ムシとしての生の終わる後へむけての
ふかい夢見のためなのか
エジプトのスカラベさながら
生と死と復活の象徴的儀式を神から負わされているのか
毎日こんなに土にながく潜るのが好きな彼らから
どれほどひどく酷薄に残酷に
生活の大事な一部を平気で奪ってしまっていたのだったか
無知な子どもだったとはいえ
誰も教えてくれなかったとはいえ
もう子ども時代もはるか彼方となった今ごろ
偶然拾った一匹のカブトムシが
小さく大きなこんな発見を遅ればせにもたらし
子ども時代のムシたちとのつき合いを根本から揺るがし
ムシたちのことを全面的に考え直させようとする
来る夏来る夏
あんなにたくさん採って
知り尽くしたつもりになっていたカブトムシの
土潜りの大事な大事な性質を見落としたまゝ
成長してきたつもりになっていた年月はなんだったか
小さく大きなこんな発見をまだまだ
いくつもいくつも
ひょっとしたら無数にし直さなければ
子ども時代さえ十分に生きたことにならないのではないかと
朝までスイカに抱きついて
食いつき続けているカブトムシを見ながら思う
今では
うちのどこにいても
外に出かけていても
日中ならば
飼育ケースの土の中のカブトムシが気になる
まだ寝ているか
まだ土の中か
そんな思いがめぐるまゝに
自分の中に
ふたたび
ひさしぶりに
そうして
初めて
今度こそは
本当に
住みはじめている
カブトムシ
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