2020年6月27日土曜日

オクラのうた



智恵子はすでに元素にかへった。
わたくしは心霊独存の理を信じない。
智恵子はしかも実存する。
智恵子はわたくしの肉に居る。
智恵子はわたくしに密着し、
わたくしの細胞に燐火をもやし、
わたくしと戯れ、
わたくしをたたき、
わたくしを老いぼれの餌食にさせない。
精神とは肉体の別の名だ。
わたくしの肉に居る智恵子は、
そのままわたくしの精神の極化。
高村光太郎「元素智恵子」




カレンダーにオクラのことが出ていて
漢字で秋葵と出ている
こう書くのを知らなかったので
小さな知識ながら新鮮に受け止めた

英語でもOkraと呼ぶが
もともとは西アフリカの言葉から来るらしい
むかし一緒に暮らしたフランス人は
これをドワ・ドゥ・ダームdoigts de dameと呼んでいたし
彼女のフランスの血縁者たちや友人たちも
同じように呼んでいた
ドワ・ドゥ・ダームdoigts de dameというのは
婦人の指という意味で
淑女の指などと気取って解釈してもいいが
オクラの実の成り方が
天に向かって突き上げられた女性の指のように見えるところから
この呼び名は来たのだと思われた

ところが
この際と思って
ちょっと調べてみると
ナイジェリアではigboとこれを呼んで
この語がやはり「淑女の指」というような意味らしい
ナイジェリアのこの呼び方がフランス語に入ったのだったか
それとも
フランス語が逆にナイジェリアに入ったのか
わからないが
あそこはイギリスの植民地だったのだから
フランス語からナイジェリア語に入ったとは考えにくい

フランス人たちも
オクラをナイジェリアの言葉の意味構成で呼んでいたのか
と思うと
むかし一緒に暮らしたフランス人に伝えてみたい気もするが
もう今は昔で
彼女には耳もなく
目も鼻も顔もなく
体もなく
伝える手立てはない

フランス語ではオクラを「婦人の指」というんだよと
日本人の何人かには言ってきたが
この際と思って
ちょっと調べてみると
フランス語ではゴンボgomboという呼び方もある
毎日のようにフランス語とは接しているのだから
この呼び名を知らなかったのは恥ずかしいようなものだが
会ったフランス人たちはみな
ドワ・ドゥ・ダームdoigts de dameとは言っても
だれひとりゴンボgomboとは呼ばなかった
子供の頃にうちではカボチャのことをトーナスとばかり呼んでいて
小学生の高学年になっても
なかなかカボチャという呼び方に慣れなかったのに
ちょっと似ている
そのトーナスにしたところが
唐茄子と書くのだとだいぶ後になって知り
だったら
トーナスではなくてトウナスだったわけかと
ちょっと衝撃のようなものを受けて
自分の頭のなかの
日本語の語彙帳にひそかに書き入れたものだった

この際と思って
ちょっと調べてみると
日本には江戸時代末期に渡来したものの
一般への普及は1970年代だったそうである
どうりで
幼かった頃には
あまり食卓では馴染みがなかったはずだ

この際と思って
さらに
ちょっと調べてみると
糖質のガラクタンにたんぱく質が結合したムチンが出す
あのネバネバは
肝臓や腎臓の働きを促進し
コレステロール値や血糖値を抑制して
便秘を改善するばかりか
カリウム、カルシウム、リンなどのミネラルの含有量も多く
高血圧や骨粗しょう症の予防にもなる
すぐれた健康野菜であるらしい

こんなことも
健康や栄養につよい関心を持っていた
むかし一緒に暮らしたフランス人に伝えてみたい気もするが
もう今は昔で
彼女には肝臓もなければ
腎臓もなく
コレステロール値や血糖値ばかりか
高血圧や骨粗しょう症も気にする必要もなく
カリウム、カルシウム、リンなどのミネラルそのものに
彼女自身が
とうの昔に分解してしまっている
すでに元素にかえっている

この際と思って
さらに
さらに
ちょっと調べてみると
オクラの花言葉は
恋によって身が細る
だそうである




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