2021年1月9日土曜日

もう思い出のなかにさえ

  

こどもの頃からあたってきた

どれだけの数のストーブを思い出せるか

試してみたりする

 

母方の祖父の家に冬に行った時の

居間兼台所のストーブは忘れがたい

 

部屋が7つある大きな家で

廊下も長く広かったのに

ストーブのあるところは居間兼台所だけで

寒い朝みなが起き出る頃になると

7人ほどが暖を取りに集まってくる

祖母ははやく起きていて

みそ汁など朝食を作っているところへ

わあ寒寒…などと言いながら

みんなが集まってくる

廊下を隔てる引き戸は大きくて重いのに

廊下の冷気が入り込まないように

出入りのたびに誰もがすぐに締める

祖父も叔父も叔母たちも仕事に出るので

テレビの朝のニュースを見たり

新聞をめくったり折ったりしながら

あれこれ話したりもしながら

せわしなく食べて飲んでつまんで

食べ終わったらバス停の時刻を指でたどって

10分や15分後にはもう出かけて行く

まだ幼稚園にも行っていないぼくは

ひとり出かけていくたびに

寒い玄関まで震えながら見送りに行き

居間兼台所に戻ってきて重い戸を閉めては

また次に出かける人を見送りに出て行く

みんなが出勤してしまうと寂しくなって

寄ってくる白猫チロのシッポを引っぱったりする

チロはワアッと体を曲げて飛びかかってきて

服の上からぼくの腕に爪を立てたりする

チロが廊下に出て行ってしまうと

いよいよ手持ち無沙汰になって

ストーブにお尻を向けて温まりながら

始まったばかりのモーニングショーのおしゃべりを

格別興味も持てないまま眺めてみたりする

 

人がいっぱいいて

ワアッと集まったり散っていったり

そんな部屋のあんなストーブというものもあって

思い出せばいつでも今でも目の前に燃えている

もちろん今はなくなってしまっていて

みんなが死んでしまったわけではないものの

あのひとたちがあのように集まることももうない

白猫チロのシッポももう握れないし引っぱれない

どう努力しようとどう段取りをつけようと

もう二度とああいう朝のせわしなさは戻らない

今でも思い出せるかどうか

ぼくひとりが必死に試してみるほかには

もう思い出のなかにさえ蘇ってはこない





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