2021年3月5日金曜日

女が「心優しき男性たち」と書く時


 

 

公衆便所の覗き見は常習であったという

汚れるのなどものともせず

汲み取り口を開けて

女性の排便のさまを便所の底から

ねっとりしたまなざしで覗く

若い女とみれば尾行し

路地の奥へ追い込んで

女にむけて性器露出を試みる

 

これが

戦後文学の巨人

「野間宏」の

三高から京大時代の姿だった

『真空地帯』の

『暗い絵』の

『青年の環』の

「野間宏」の青年時代だった

 

こういう姿を明らかにした

『作家の戦中日記』(藤原書店)は

「野間宏」没後10年

を記念して刊行されたものだったが

すでに読まれなくなった「野間宏」から

二番煎じ

三番煎じの

最後の一滴まで搾り取って

すっからかんにしてまで

使い切ろうという

出版界や読書界の酷薄な商法だったように

見えてしまう

 

戦後文学の巨大な作家の

作家以前の学生時代の

1800枚に及ぶ青春煩悶記録は

すでに

「野間宏」ブランドの廃れた時期での刊行だったので

よほどの戦後文学趣味を持つ年嵩の読書家以外の興味は

もはや惹かない

湿った線香花火的イベントだったが

これは

逆に言えば

そうした奇特な趣味の年嵩の読書家さえも

どんどん死に絶えて消えていく時代にあって

「野間宏」という名で

企画を打て

わずかな銭を読書子から搾り取れる

さらにいえば

担当編集者が文化ネタを手柄にできる

最後の機会

でもあったかもしれない

戦後の何十年間

見上げるような戦後文学の巨人であった作家への

偶像破壊という隠された目的も

一見

「野間宏」のためのものであるかのようなこの企画には

込められていたもの

と思えてならない

もちろん

知の巨人や文化の巨人が

じつは性的異常者であって…的な暴露は

1980年代以降はカルチャーシーンの流行になっていたので

「野間宏」もそのメンバーとして登壇させようという

時流を見逃すまいという企画魂も

あったかもしれない

 

それにしても

1800枚に及ぶ『作家の戦中日記』は

友人たちから野獣と言われ

自身でも「淫らな変態性欲者」であったと自認する「野間宏」の

裏面を露わにはするものも

そういう面だけで1800枚が埋められているわけはないので

あえてその部分だけを抜き出して

『作家の戦中日記』を紹介する

河出書房(新社)編集者・田邊園子による扱い方も

なんとも意地悪なものだと

感じられないでもない

ひとりで「野間宏」他の戦後文学者を演出した

伝説的な文芸編集者坂本一亀から

「野間宏」担当を引き継いだ後輩編集者

なのだが

 

「彼が戦時中、思想犯として刑務所に入れられていたことは、輝かしく名誉な経歴ではあるが、わいせつ罪で何度も投獄されていたら、野間宏のイメージはまったく異なるものになる。彼は“人権擁護”を標榜する作家としての自分を、みごとに作りあげていたのだった」*

 

「野間宏」を世に出し作り出した坂本一亀は

この「淫らな変態性欲者」たる「野間宏」の一面を知らなかった

田邊園子はこれを伝えたかったようだが

この時には坂本一亀は重病で

同僚などの「心優しき男性たち」は伝えないほうがいい

と田邊を止めたらしい

 

「淫らな変態性欲者」たる「野間宏」の一面を

坂本一亀に伝えることを田邊に止めさせた男たちのことを

「心優しき男性たち」と書くところに

田邊の男性断罪を

見ておくべきか

どうか

 

戦争国家日本や

軍事的・官僚的管理国家日本を作ったのも

男たちだったかもしれないが

戦後の一見「平和主義」国家日本や

とりあえずの「民主主義」国家日本を

「人権擁護」や

「共産主義」を含めた「社会主義」や

「経済復興」などとともに

立ち上げたのも

男たちの

男たちふうの

男たちならではの

やり方

でしかなかったかもしれないと

田邊が

「心優しき男性たち」と書くところに

見ておくほうがいいのか

どうか

 




 

*田邊園子『伝説の編集者 坂本一亀』(作品社、2003/河出文庫、2018p.42







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