高級なホテルだったので
みんなが帰ってしまった後でも
豪華さや質の高さに心が痺れ続けているためか
愉しさに幾重にも包まれているようで
絨毯の敷き詰められた通路を
ひとりで歩いているような時でさえ
どこか
酔い心地だった
自分の部屋の窓からは
さっきまで宴の開かれていた広いテラスが見下ろせて
集まったひとびとの顔や笑い声が
いくらでも蘇り続けた
テラスはすっかり片付けられて
もう誰もいなければ
食器や酒瓶などもない
テーブルや椅子さえ仕舞われて
大理石の床が
深更の闇の中にいくらか白さを残している
わたしは死をよく知っている
さっきまでひとびとで賑やかだったあのテラスの
闇の中の大理石のほの白さ
あれが死だ
さっきまであそこにいたわたしの姿は
すでにもう
あのテラスのどこにもない
いたところに
いま
いない
それだけのことで
それ以上のものでもなく
それ以下の
ものでもない
なんという整序!
なんという潔癖さ!
なんという静けさ!
彼はグラスにミネラルウォーターを注ぎ
見下ろせるテラスに向けて
グラスをすこし上げて
敬意を込めた乾杯のしぐさをした
何度も何度も
祝杯をあげたテラスを見下ろしながら
あのテラスのどこにも
さっきまでの自分が
もう
いない
いま
ミネラルウォーターこそが
ふさわしかった
少しずつ
ミネラルウォーターを飲みながら
いま
自分は
水の染み込んでいく
岩
硬いところもあれば
脆いところもある
岩
と思った
水に
染み込まれていく
岩
わたし
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