2012年9月10日月曜日

セントルイス その他



セントルイス

あすの朝いちばんの
列車でいくのがいい
ひとのまばらなホームで
去っていく街を眠い目で
ぼんやりと眺めるのがいい

どこも同じだぜとボブはいったが
ようするにぼくはさ
あさのホームで眠い目で
去っていく街や空の朝焼けを
ぼんやりと眺めるのがいいわけ



シャモニー

ことばに青い閃光があって
街はすこし寒いくらいでいい
小川のながれのゆたかさと
よみがえるようなはげしさ
山のおもてにあかむらさきに
太陽のことづけは燃えて
ぽつぽつと燈るあれらの灯
はじまるものがいつもある
つめたい夜気も闇の深さも
慎みぶかい合図だったか



モロッコ

ひかりを蔵した夜空を
モロッコには残してきた
白い街は夜も白く
女たちの長いまつげに
よく月がかかっている
金も銀もここでは
金に銀にみえる
妄執はたましいを養い
妄語はつぎつぎ
砂漠の餌になりゆく



カンボジア

カンボジアの森に死んだ頃の
からだもいまでは土になったか
とおいむかし王であったぼくは
雨のなか妃を身ごもらせて
わかいたましいを持て余した
気晴らしに下人の首を切ったり
その妻の腹を裂いたり
ひどい王だったがだれもかれも
いまではぼくと土になったか
あつい雨のした七色のすてきな
トカゲに這いまわられていれば
生きたこともよかったのだ
死んだこともよかったのだ



ヴァラナシ

がりがりに痩せるのも
粋なものよ
ガンジス河にも
浮きやすくなるしさ



アカプルコ

アカプルコで自転車が錆びて
魚市場にいくのにも難儀したよ
外国船の入港にも遅れそうで
ほとんど手で押すばっかりでね
それでも空のうつくしいこと!
生まれかわるならぜったいに空だと
しっかり決めて引き金をひいたよ



ベルリン

こころにも肌のやみにも
森そよぐきみのからだを
八月の木々おもくよどむ
ベルリンの空よりの目と
ゲルマンの神話の果ての
金泥の髪と賜りわが戻る
あたたかく白きこの原初
ものの世のかくも聖なる
はだとはだ溶かす聖なる
会遇は双樹の梢吹き渡る
ゼピュロスの善き謀り事
フロラへもこの森そよぐ
ベルリンの恋とつたえよ



日本

日本人に生まれたことがあって
濃い夏のみどりとか
梅雨のころの紫陽花とか
路地を駆けていく下駄の音とか
いいものだった
むだに生きたようでも
夏のあさがおの赤やむらさき
いくつもいくつも見られて
いいものだった
鈴虫も西瓜もすすきも
いいものだった



はじまり

旅のおわりには
こころの澱に残る街を
詩に書いて
おわり
旅のおわりさえ
おわり

絵はがきも買わない
忘れものも取りにいかない
覚えちがいも正さない
はじまり

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