その古い家には、
どういう経緯で、しばらく滞在することになったものか…
ともかく、その午後、
小学生の良行君を児童施設と塾を兼ねた場所へやらねばならず、
週に数回通っているものだから、
彼はひとりで出かけていくので問題はないものの、
毎回、「これから行かせます」と連絡をすることになっているので、
世田谷の下丸谷にあるフルシチョフ児童園に電話をし、
「これから良行君を行かせます。五時半頃に着くと思います」
とむこうの婦人に告げると、
「あら、あなた、矢野君に似ている声ね」
と言われ、
「そうですか。矢野君ですか…」
と、知りもしない「矢野君」の空気に包まれないといけないような
ちょっと窮屈な気分になったが、
やはり知りもしないフルシチョフ児童園のご婦人の機嫌を
あまり損ねないように、
「そうですか、似ていますか…」
とさらに言うと、
「ほんとによく似ているわ。あなた、矢野君でしょ?」
とご婦人は言うので、
「そうです、矢野です」
と、けっこうサービスして言ってみたら、
「マルタ島に行ってしまった後、連絡もくれないで…」
と、ちょっと強い語気でご婦人が言うものだから、
「いろいろ事情がありまして…」
と言ってみると、
「そうでしょう。わかるわ」
とすんなり受止めてくれたので、ちょっとホッとして、
「でも、また、旅に出ます。今度はペリリュー島に…」
と言いかけると、急に声が男の声にかわって、
「ふふふ、なに言ってんだ。俺が矢野さ。おまえはニセモノの矢野だろ?」
と言ってきたので、ちょっと慌てて、
「おまえこそなに言ってんだ。ぼくこそ本物だ」
と強い調子で言うと、
「はい。わかりました。良行君、五時半頃ですね」
と急にご婦人の声に戻って言うものだから、
「じゃあ、よろしくお願いします」
と、こちらも親しみ深く、明朗な口調に戻って言ってしまった。
ほんとにいい加減なものだが、
いい加減にその場その場をやり過ごして、地上体験など、
過ぎ越していけばいいのだった、と、
またまた、再確認した次第なのでありましたな。
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