2019年12月26日木曜日

道程



脚を失ったばかりの村越さんが松葉杖で歩いてくるが
松葉杖といっても最近の軽アルミ製の、ちょっと
ファッショナブルな棒で、街中ではおしゃれにも軽快にも見えて
もともと美しい人だったから「あっ…」と人の気持ちを惹く。
かえって村越さん、かっこよくなったナ、
とこちらも思うくらいだが、すぐに思いが向かうのは
生まれた時から片足がなかった広田さんに
やはりこれは奇妙なことだといっていいと思うのだが、最近、
脚が一本生えてきて、それもすごい速さで大きくなり、
もう普通の脚に見えるようになったばかりか、
しっかりと筋肉もついて、今では健常者のように
両脚で歩けるようになってしまっていること。
広田さんとこの前カフェ《ル・ルルル》でお茶した時なんか、「もう、
あたし、脚がなかった頃の体感や気分を忘れてしまったの。
人間なんて、ヘンなものよねえ。現状というものが
すぐに、これこそ自分自身!って感じになってしまうんだもの。
それが逆にさびしい感じがしてしまうの。だって、
それじゃあ、あんなに長かったじぶんの過去って、どうなっちゃうの?
あの期間のさまざまな思いや、こまごまと考えに考えた結果の
その折々の結論って、どこに行ってしまうのかしら…、ってね」
ところで、近頃、カフェ《ラ・ラララ》がお気に入りになったあたしは、
今日も外のテラスの一席に座ってアブサン酒なんか飲んでいるけれど、
ちゃんとストーブが設置されているから、零下6度の今も
ぜんぜん寒くないのがうれしい。ひと月前にあたしは
肉体を髪の毛から足のつま先まですべて失ったのだけれども、こちらに
向かって今やって来ようとしている村越さんにはちゃんと見えているから
けっこう肉体なんていらなかったんだな、とわかるの。みんな、
「現状というものがすぐに、これこそ自分自身!って感じになって
しま」っているんだろうな、やっぱり。あたしたちや
世界のすべてのものやものでないものなどを構成しているものって、
ほんとは、もっと奇想天外で、あるものとないものは同質だし、
ないものはあってもいいし、あるものはなくってもいいし…
なんだろうな、と学び続けさせられていく道程が続いているのよ。





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