2019年12月7日土曜日

古いじぶんの訳を読みなおしながら



私はほんと、あなたには忠実じゃなかった。
でも、見て、それでも戻ってきたでしょ、ちゃんと。
      バルバラ「私のいちばん美しい愛の物語」



そういえば、あなたのあの訳*、あれはよかったわ
とふいに言われて
バルバラの「私のいちばん美しい愛の物語」の古い訳を見直してみると
じぶんのものながら
なかなか
わるくはなかった

愛玩してきた詩句を
じぶんにとって
おいしく
おいしく訳すことができていて
よかった

12月の風が吹いたりすると寒かったわ。
首筋なんか凍りつくようだった。
でも、12月がなにさ
あなたに近づいていくためだったとすれば。

こんな部分も
ちょうど12月のいま読みなおすと
なかなか切実に感じられる
バルバラの元の詩句がとってもいいのだが
日本語を通してでも
すこしはそれに近づける感じになっている

それにしても
青春期のふたしかな恋の彷徨を
なんとバルバラは正確に描き出せていることか

あんまり思い出せないんだけど
そうね、古いあれこれの愛の記憶って、影のように揺れている。
最初のデートのこととか
いろいろな苦しみとか辛さもはじめてだったし
そう、私は15歳になったばかりだった。
心はまっ白で、膝にはひっかき傷。
ませてるほうだったと思うわ。
子供っぽいやさしい愛もあったし  
狂ったような愛で心に噛み傷が残ったりもした。
思い出してみると
あの頃から、「愛してる」なんて言い続けてきてる。
でも、私のいちばん美しい愛の物語は、あなた。
ほんと、お利口さんでも品行方正でもなかった。
人生のページもあちこちずいぶんとめくった。
ちゃんと読みもせず、白いまま、なにも書き残せないまま。
ほんと、私は利口じゃなかったし、浮気者だった。
私の行きずりの戦士たち、あの愛人たちは
出会ったと思う間もなくすぐに消え去った。
でも彼らの顔のむこうに
あなたのことは、もう、見えていたような気がする。 
そう、あなただったと思う。心だけ寒々と裸のようになって
別れのたびに荷物をまとめながら 
私は自分のなかの幻影を追い求めてきたけれど
私のいちばん美しい愛の物語、それはあなただった。

歳を重ねて
果てまでが見渡せるようになると
こういうふたしかな
無責任な
あぶなっかしい時期の惑いの時期が
なんとも豊かな
めぐまれた野生の果実の実りのように映るようになる

ほんと、お利口さんでも品行方正でもなかった。
人生のページもあちこちずいぶんとめくった。
ちゃんと読みもせず、白いまま、なにも書き残せないまま。
ほんと、私は利口じゃなかったし、浮気者だった。

若い者たちよ
これこそが人生の味わいのもっとも頂点であるところ
ちゃんと読みもせず
白いまま
なにも書き残せないまま……
ということの
なんという素晴らしさ
輝かしさ




私のいちばん美しい愛の物語 [翻訳・翻案]
バルバラ(19301997
[Ma plus belle histoire d'amour(1967)の翻訳・翻案]

あんまり思い出せないんだけど
そうね、古いあれこれの愛の記憶って、影のように揺れている。
最初のデートのこととか
いろいろな苦しみとか辛さもはじめてだったし
そう、私は15歳になったばかりだった。
心はまっ白で、膝にはひっかき傷。
ませてるほうだったと思うわ。
子供っぽいやさしい愛もあったし  
狂ったような愛で心に噛み傷が残ったりもした。
思い出してみると
あの頃から、「愛してる」なんて言い続けてきてる。
でも、私のいちばん美しい愛の物語は、あなた。
ほんと、お利口さんでも品行方正でもなかった。
人生のページもあちこちずいぶんとめくった。
ちゃんと読みもせず、白いまま、なにも書き残せないまま。
ほんと、私は利口じゃなかったし、浮気者だった。
私の行きずりの戦士たち、あの愛人たちは
出会ったと思う間もなくすぐに消え去った。
でも彼らの顔のむこうに
あなたのことは、もう、見えていたような気がする。 
そう、あなただったと思う。心だけ寒々と裸のようになって
別れのたびに荷物をまとめながら 
私は自分のなかの幻影を追い求めてきたけれど
私のいちばん美しい愛の物語、それはあなただった。

あなたのほうへと近づいていくための
長い長いながい人生の道。
その道を私は歩み続けてきたんだわ。
心のなかでは狂ってしまいそうだった。
12月の風が吹いたりすると寒かったわ。
首筋なんか凍りつくようだった。
でも、12月がなにさ
あなたに近づいていくためだったとすれば。

それにしても、なんてなんて遠かった道。 
それでも辿り続けたわ、あの道。
それをあなたのところまで、ちゃんとね。
もう不実な女ではないのよ、私。
だから誓って言えるの、今晩、
ひざまずいてあなたへの道を辿れるのも
同じ経験をさんざん積み重ねてきたから。
悪い愛の伝道師たちとの出会いだとか
冬だとか首すじに降り込む雪だとか
我慢できなくなるような経験、数えきれないほどあってね。 
おかげで、嵐のすっかり去った今の心。
あなたっていう、私のいちばん美しい愛の物語もあるし。
冬の時代、秋の時代、
夜の時代、昼の時代もあったけど、後には誰も残らなかった。
あなたのことなんて、まじめに思ったこともなかったけど、
でも、すっかり気落ちしたあの時、ふいに、
ああ、あなただったんだ、って強くわかった。
ああ、あなたこそ必要なんだ、って。
あなたには悪いことをしてしまったかな。
他の男たちが私に扉を開いてくれたものだから、
私ときたら、平気であなたを残して、遠くへ行ってしまって。
私はほんと、あなたには忠実じゃなかった。
でも、見て、 それでも戻ってきたでしょ、ちゃんと。
私のいちばん美しい愛の物語、それはあなただから。
今度こそ本当に、自分自身の涙で泣いた気がする。
涙って、甘美なものだったのね。
優しいものだったんだ。
あなたのあのはじめての微笑み、
一粒のあの涙に、微笑んだのよね。
あなたのせいで出た涙なのよ。
愛してて出る涙なんて、はじめて。
覚えててくれてるかしら、あなた?
あれはある晩のこと、9月だった。
あなたは先に来て、私を待っていた。 
それは此処、この場所だったけど、覚えてる?
微笑んでいたあなたを見ただけで、
もう愛に落ちていたわ、ひとことも交わさないうちから。
急にわかったのよ、あの時。
私の旅、もう終わっていたんだな、って。
そして私は、これまでの重荷をぜんぶ下ろした。
約束されていた人、あなたが、ついに来てくれたんだもの。
他人にはどう言われたっていいわ。
どうしても、あなたに言いたいの。
今晩、私はあなたにほんとうに感謝しています。
他人にはなんて言われたってかまわない。
私が来たのはこう言うためなの、
私のいちばん美しい愛の物語、それはあなたなんだ、って。






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