エレベーターホールは
東側と南側の二面に窓があって
見晴らしがいいが
窓は閉め切られているので
夏場はひじょうに暑い
しかもホールにはエアコンがない
ホールから出れば
屋外に開け放たれた廊下になっているので
戸外の空気が入ってくるのだが
日の照りつける夏場は空気が動かず
ひじょうに暑い
開けようと思えば
窓は開けられるのだが
管理人たちがなぜか
窓を開けるな
と貼り紙している
窓を開けっぱなしにしておけば
雨が吹き込んだりして
掃除の手間が増えるから
そんな貼り紙をしているのだろうが
夏場の雨の降っていない日中など
適宜窓を開けるぐらいの融通は
きかしてもいいはずだろう
以前はけっこう窓を開けて
空気を入れ換える住人がいたものだが
引っ越しで住人があちこちかわったためか
いまの住人たちはやけに従順になってしまった
ぼくもいまはほとんど窓を開けない
いつのまにかぼくも飼い慣らされてしまっている
かんかん照りの夏の日中にエレベーターを待ちながら
窓をひとつも開けずに従順に暑い空気の中にいたりする
情けない精神の死体に成り切ってしまったものだと思う
たとえば目と鼻の先の郵便局に行くとか
間近のクリーニング店に行ってくるとか
地下のゴミ捨て場にゴミを出しに行ってすぐ戻ってくるとか
そんなほんのわずかの用事で外に出てすぐ返ってくるような時
暑く照りつけることの連日続いたこの夏
ぼくはわずかの抵抗として窓をすこし開けていくことにした
ほんの10センチ開けるだけでエレベーターホールは
別世界のように涼しくなりさわやかになって
窓というものがどれほど人間に必要かが痛感された
じぶんの住む階に戻ってきてエレベーターホールに出ると
開けておいた窓をすぐに閉めるのだが
このわずかな窓開けの行為がなんだかぼくには
世界へのずいぶん大きな働きかけをしたように感じられた
ひょっとしたらぼくが戻ってくる前に
だれかべつの人が窓の開いているのに気づいたが
わざと閉めないままにしてエレベーターで下りていったかもしれな
あるいは逆にエレベーターで上ってきたが
やはりわざと窓を閉めないまま自宅へ戻っていったかもしれない
そうなるとぼくの開窓行為は暗々裏に他者に共有されたことになり
わずか10センチ窓を開けるという世界への働きかけは
さらに大きなものになっていったことになるのではないか?
はたして
今年のあれらの夏の日々
ぼくが戻ってくる前に
エレベーターホールの窓が開いているのに気づいた人がいたか?
気づいたのに
わざと閉めないままにして
エレベーターで下りていった人はいたか?
あるいは逆に
エレベーターで上ってきて
エレベーターホールの窓が開いているのに気づいたが
やはり
わざと窓を閉めないまま
自宅へ戻っていった人はいたか?
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