2023年9月24日日曜日

すううっと惹かれる

  


さっき

部屋の端っこのドアのあたりで

なにか落っこちる音が

立てつづけに二度も起こり

それが

ずいぶんはっきりした

強い音だったので

なにか壊れて落っこちたのかと思い

その場所に見に行った

 

もともと

そのあたりには

落ちるようなものはなにもないし

よく見ても

壊れておちているものもなかったので

ずいぶんヘンだが

音がはっきりしたのは事実なので

ひょっとしたら

なにか霊的な音かもしれないな

などと思っておくことにした

 

家のなかでのヘンな音

ということで

ついこのあいだ

大学生の平野さんの話を思い出した

 

平野さんの家では

だれもいない時に音がするのは

しょっちゅうだそうで

平野さんが1階にいる時に

特に2階で

ひとが歩いているような音がしたり

なにか触っているような音がしたり

なにかずらしているような音がしたりする

2階には平野さんの部屋があるそうで

それじゃあ

じぶんの部屋に行くときには

ちょっと恐くない?

と聞いたら

もういつものことなので恐くないです

それにじぶんの部屋に行ってみれば

いつもなにもないし

なのだそうだ

 

弟と妹がいるそうだが

このふたりが小さかったころ

家のなかを

ゴミ箱が歩いているのをふたりは見た

と言っていたという

 

平野さんからこう聞いたときは

なんのことか

よくわからなかった

 

ゴミ箱が歩くって

どういうこと?

家に置いてあるゴミ箱?

 

ええ

家においてあるゴミ箱のひとつに

手や足が生えて

家のなかを歩いていた

っていうんです

弟と妹ふたりでそれを見たそうで

ふたりとも

ホントに歩いていた

っていうんです

 

ちなみに

平野さん自身は

そのゴミ箱が歩くのを見たことはない

という

 

それってすごいね

家にある

見慣れたいつものゴミ箱が歩く

っていうのは

 

そう言ったら

平野さん

ええ

きっと

なにかある家なんだと思います

六軒の家がかたまって建っていて

いちばん奥にあるし

なにか

籠もっている

っていうか

 

まあ

いちばん奥になるから

なにかある

ってわけでもないだろうけれど

 

そんな

こんなで

平野さんのお家の

ちょっとした怪談を聞きながら

ふと

ずいぶんむかし

どこか

ぜんぜん見知らぬ土地に越して

まったく未知の家に住みたいなと思って

家さがしをしていたときのことを

思い出した

 

いろいろな家を見たが

ある家は

崖の下の道路のはじにある数軒のひとつで

けっこうモダンなきれいな作りだったが

崖の上の森が

いつも陰を作っているような

そこだけポケットのなかのような

ちょっと暗い

じめじめした空間のなかにあった

 

ちょっとうす暗いけれど

不思議な落ち着きがあって

それには

すううっと惹かれた

家賃もけっこう安かったし

一軒家で二階建てだし

悪くはないなあ

とも思ったが

いっしょにさがしていたエレーヌが

ここはダメです

と即座に言った

 

もちろん

そこに住まなければいけない必要もないし

駅からは

ちょっと歩くかなあ

とも思ったので

この家は却下ということになったが

もしあそこに住んだら

どうだっただろう

どんな生活になっただろう

どうなっていったかな

などと

ときどき

崖の下の道路のはじの

数軒の家のならんだ空間を

ひょっとしたとき

いまでも

思い出したりする

 

崖の下の土地の

ちょっとうす暗い空間の

すううっと惹かれるような

あの不思議な落ち着きは

なんだったのだろう

と思う





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