さっき
部屋の端っこのドアのあたりで
なにか落っこちる音が
立てつづけに二度も起こり
それが
ずいぶんはっきりした
強い音だったので
なにか壊れて落っこちたのかと思い
その場所に見に行った
もともと
そのあたりには
落ちるようなものはなにもないし
よく見ても
壊れておちているものもなかったので
ずいぶんヘンだが
音がはっきりしたのは事実なので
ひょっとしたら
なにか霊的な音かもしれないな
などと思っておくことにした
家のなかでのヘンな音
ということで
ついこのあいだ
大学生の平野さんの話を思い出した
平野さんの家では
だれもいない時に音がするのは
しょっちゅうだそうで
平野さんが1階にいる時に
特に2階で
ひとが歩いているような音がしたり
なにか触っているような音がしたり
なにかずらしているような音がしたりする
2階には平野さんの部屋があるそうで
それじゃあ
じぶんの部屋に行くときには
ちょっと恐くない?
と聞いたら
もういつものことなので恐くないです
それにじぶんの部屋に行ってみれば
いつもなにもないし
なのだそうだ
弟と妹がいるそうだが
このふたりが小さかったころ
家のなかを
ゴミ箱が歩いているのをふたりは見た
と言っていたという
平野さんからこう聞いたときは
なんのことか
よくわからなかった
ゴミ箱が歩くって
どういうこと?
家に置いてあるゴミ箱?
ええ
家においてあるゴミ箱のひとつに
手や足が生えて
家のなかを歩いていた
っていうんです
弟と妹ふたりでそれを見たそうで
ふたりとも
ホントに歩いていた
っていうんです
ちなみに
平野さん自身は
そのゴミ箱が歩くのを見たことはない
という
それってすごいね
家にある
見慣れたいつものゴミ箱が歩く
っていうのは
そう言ったら
平野さん
ええ
きっと
なにかある家なんだと思います
六軒の家がかたまって建っていて
いちばん奥にあるし
なにか
籠もっている
っていうか
まあ
いちばん奥になるから
なにかある
ってわけでもないだろうけれど
ね
そんな
こんなで
平野さんのお家の
ちょっとした怪談を聞きながら
ふと
ずいぶんむかし
どこか
ぜんぜん見知らぬ土地に越して
まったく未知の家に住みたいなと思って
家さがしをしていたときのことを
思い出した
いろいろな家を見たが
ある家は
崖の下の道路のはじにある数軒のひとつで
けっこうモダンなきれいな作りだったが
崖の上の森が
いつも陰を作っているような
そこだけポケットのなかのような
ちょっと暗い
じめじめした空間のなかにあった
ちょっとうす暗いけれど
不思議な落ち着きがあって
それには
すううっと惹かれた
家賃もけっこう安かったし
一軒家で二階建てだし
悪くはないなあ
とも思ったが
いっしょにさがしていたエレーヌが
ここはダメです
と即座に言った
もちろん
そこに住まなければいけない必要もないし
駅からは
ちょっと歩くかなあ
とも思ったので
この家は却下ということになったが
もしあそこに住んだら
どうだっただろう
どんな生活になっただろう
どうなっていったかな
などと
ときどき
崖の下の道路のはじの
数軒の家のならんだ空間を
ひょっとしたとき
いまでも
思い出したりする
崖の下の土地の
ちょっとうす暗い空間の
すううっと惹かれるような
あの不思議な落ち着きは
なんだったのだろう
と思う
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