浄土門のお寺に寄るたび
ナムアミダブツ
ナムアミダブツ
と唱えている人たち
阿弥陀仏の意味ぐらい
知っていたほうがいいのに
そのほうがピンとくるのに
とは思う
サンスクリットのamitaを音写して
阿弥陀になったわけだけど
限られていない
とか
無限定
とかいう意味がamitaにはある
だから
阿弥陀仏の別名の無量寿仏のほうが
ほんとはピンとくる
阿弥陀という字は
異様な漢字だと津田左右吉は言う
そういう字をあてることで
呪術的性格を持たせたのだろうと言うが
マントラを用いる時点で
もちろんすべては呪術的になる
あらゆるマントラ
あらゆる真言は
まやかしでしかない
コカコーラ!
コカコーラ!
とくり返しているのと同じだと
20世紀最大の悟達のひとり
クリシュナムルティは断罪し
真の悟りに至るために
宗教的振舞いの破棄を勧めた
クリシュナムルティ*の学徒のわたしは
もちろん深く深くそれを呑み込んで生きてきたが
この物質界ではマントラも使いようだと
思い直すようにはなった
ラージニーシやシュタイナーや
グルジェフのほうへ少し実験を広げたことになる
慈愛に満ちたヨーガナンダも
マントラの効果も正しく認識し
ふつうに宗教的に見えるアプローチを採っていた
まるで言語表現の一部のような詩歌形式も
どこまでも根深くマントラで
物質と非物質のはざまに浮かぶ言語は
いかようにも利用できる
利用しないこともできる
ただの薄っぺらな意味伝達器にもなるし
意味の撹乱器として用いることもできれば
意味を乗せない空虚な器として使うこともできる
その場合には荘子の言う虚室の性質を帯び
空無であるがゆえに
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