やはり
書くということは大きい
文化
というが
あれはやはり
文に化する
ということだろう
文にしてみる
言葉にしてみる
文字にしてみる
ソクラテスのように
イエスのように
ブッダのように
書かなかった賢人もいる
たぶん
そこが理想の到達点ではある
しかし
言葉にしてみる
文字にしてみる
文にしてみる
という径路もある
たぶん
文字や言葉や文そのものが大事なのではない
けれども
そうした物質化の過程で
跳ね返ってくる大きな反作用があって
それは精神を変容させる
求められているのは
そんな変容だ
文字や言葉や文を携えて
次の世界に行こうなどということではない
求められているのは
0 件のコメント:
コメントを投稿