朝っぱらから
熱中症に注意せよ
と天気予報や行政の寸言がスマホに来る
トーキョーは今日
36度に達するそうで
ほかの地方は40度越えもあるかも
だそうだが
たいしたことないじゃん
と古い人間のぼくなどは思っちゃう
なんと言ったって
夏は
昔のほうが暑かったのだ
そう言うと
気温の記録を出してきて
昔の夏はせいぜい30度ぐらいだったから
今より穏やかだった
と反論してくる奴がいっぱいいる
違うね
ぼくが子どもの頃は
クーラーなんてなかったんだ
涼むのには
団扇と扇子と扇風機しかなかったんだ
それらだけで30度をやり過ごすんだ
最高は32度ぐらいだったような記憶があるな
クーラーなんてまったくなしの
毎日毎日のことなんだ
やれるもんならやってみろってんだ
ヤワな今どきの連中には絶対にできまい
ぼくらはやってきたんだ
あの頃の老若男女みんなやってきたんだ
中学生になると
クーラーが家庭にも普及してきた
家にクーラーがあるっていったって
電気も喰うし
下のタンクに溜まる水を時々捨てないと
畳やカーペットが濡れちゃう
家族揃っての夕食の時しか点けてくれず
夏休みで家にいるからといっても
いちばん暑い日中なんて使わせてもらえなかった
シャツを胸までまくり上げて
団扇であおぎ続けなんだ
ちょっとクーラーを味わいたいなあと思うと
郵便局の本局まで出かけていって
脇のほうにあるでっかいクーラーの前に立って
シャツを持ち上げて冷風を浴びたりする
そうしたって帰りには熱気のなかを歩いていくわけで
ぜんぜん意味ないんだけれども
高校生の時も大学生の時も
学校にクーラーなんて入っていないし
だいたい国電も地下鉄もクーラーなんてなしだ
毎日の満員電車のなかの凄まじさを
ぜひとも今のヤワな日本人に体験させたくってウズウズする
前後左右びっちり体がくっつき合って
誰も彼もが汗みどろだから
お互いに汗を塗りつけ合うのが夏の満員電車だ
かわいい女子学生と腕や肩の汗を擦りつけあうのはまだいいとして
太ったおじさんやなんだか汚らしいむくつけきオヤジと
互いの汗を塗りたくり合うのは人類愛の試練そのものだった
大学のどの教室にもクーラーなんて入っていないんだから
ノートもテキストも辞書も手のひらや腕の汗にペチャペチャくっつ
居眠りして辞書の上にほっぺたをつけたりしたら
もう見事な吸い取り紙になってしまって
しばらく実用にならない
図書館にはクーラーの入っている部屋もあったが
全室に入っているわけではなかったので
カントだのヘーゲルだのハイデガーだの読んでいると
もう頭は沸騰してきて物狂おしけれ!だった
ガルシア・マルケスに凝った時なんか大変で
『百年の孤独』を読んでいくうちに頭のなかも
周囲も作品舞台のコロンビアのマコンドそのものになっちゃって
あの似たような名前の登場人物たちの誰が誰だったか
もうすっかりわからなくなっていってしまう
『カラマーゾフの兄弟』を読んだ時もきつかったが
外国語の動詞活用をたくさん暗記したりするのも
危険な麻薬をやっている感じの頭になっていく
そんな頃には
夏っていえばスイカなんぞ
やっぱり本当に旨かった
スイカの値段は今とくらべてどうだったんだろう?
ひと球ずつ買ってきてお風呂に水溜めて投げ込んでおいたが
たしか高くてもひと球300円ぐらいだったように思う
高かったという記憶がないし
それに切り分けて売ってなどいなかった
ひと球じゃ多すぎるわァというおばさんがふたり揃ったりすると
八百屋のおじさんが半分に切ってくれて
ふたりの客にわけて売ってくれたりしたぐらいだ
親から頼まれて買いに行く時は
ぼくはもちろんまるごとスイカを買ってきたもので
それはそれなりに重いからめんどくさかったが
それでもこれで二三日は食べられるわいと思って
頑張ってカンカン照りの道を歩いて帰ったものだった