2022年6月25日土曜日

オレンジとハーブティーに落ち着くことになる


 

 

思弁的なものを知るには

〈あれかこれか〉のほかに、

第三のもの、つまり、〈あれもこれも〉

および〈あれでもこれでもない〉があることを

知らねばならない。

G.W.F.ヘーゲル『哲学史』

 

 


 

家への帰りがけ

特に空腹というのではないが

なにか食べていこう

という気になった

ずいぶん暑くなってきて

すこし汗ばむ

いい夕がた

どこか寄り道していきたくなる

いい夕がた

 

特に空腹というのではないので

ドサッ

と食べる気にはならない

なにが食べたいのだろう?

胃にたずねてみる

カレーかなにか?

いやいや

ライスはべつに食べたくない

スパイスが食べたいわけでもない

辛めの中華とか?

いやいや

辛いものがほしいわけでもないし

中華のあのゴマ油系の味を舌にほしいわけでもない

パンが食べたいのでもないから

サンドイッチが出てくるカフェに入りたくもない

じゃあサッパリと寿司とか?

いやいや

酢の味や生魚の触れごこちが舌にほしいわけでもない

どちらかというと

肉が食べたい感じかな?

でも量を多く食べたいわけではない

それにライスや

あるかなきかの

どうでもいいようなサラダが付いてくるのも

いまは必要としていない

ハンバーグだけとか

トンカツの衣の部分を除いた肉の部分だけとか

そこらへんなら食べたいかな

という感じ

 

食を司る意識のどこかや

胃にたずねながら

家から五分や十分の

いろいろな飲食店の多い街区を歩きながら

あっちの店やこっちの店を見てまわる

なんだかわからないが

どうにも決まらない

ハンバーグの店はあったが

ライスやサラダもついてきてセットになっていて

そんなに食べたくはないんだな

と思ってしまう

トンカツ屋で衣を除いて肉だけ出してきて!

と頼むわけにもいかない

じゃあカツカレーにでもするか?

と思ってカレー屋の前に立ってはみたが

とにかくライスを食べようという気がないのだから

お話にならない

 

街区をあちこち歩きまわったすえ

とうとう

なにも食べずに

帰宅してしまった

 

ハハア

憑依を逃れたな

と思った

 

街にいたり

駅を通ったり

ボーッと列車に乗っていたりすると

なにかが食べたくてしょうがないのに肉体をもう持っていない霊が

フワンとくっついてくることがある

払うことはできるが

ちょっと染み込まれてしまうと

しきりになにかが食べたくなったりする

ふだんは食べたくならないものまで食べたくなったりする

このたぐいのやつが

またくっついてきたんだな

くっついてはきたが

今回はこちらの肉体が食べる必要を感じていないのを

こちらの精神があまりにくっきりと感じとったので

憑いたやつが

これなんかどうだ?

あれなんかどうだ?

ハンバーグなんかどうだ?

トンカツなんかどうだ?

と出してくるのをいちいち却下して

これもちがうなあ

あれもちがうなあ

ハンバーグも単品だけならなあ

トンカツも肉だけならなあ

などと難癖付け続けた結果

憑いたやつは

とうとう剥がれていってしまったようだ

 

家に帰ると

すぐ

オレンジを一個

食べた

 

それから

ハーブティーを淹れて

飲みはじめた

 

あれだけ

いろいろな店の前に立って

メニューを見続けたすえ

オレンジとハーブティーに落ち着くことになるのが

すこぶる

面白かった

 

澄んだ夕空に

おもしろい雲が大きくいくつか浮かんで

いい夕刻だ






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