2022年6月19日日曜日

書き留める者にさえ

 


 

以前は、私は怠惰のせいで黙っていたものだった。

スタンダール 『アンリ・ブリュラールの生涯』

 

Auparavant je me taisais par paresse.

Stendhal Vie de Henry Brulard

 

 

 

 

書いたものが

すぐに忘れられて失われたり

逆に

奇妙な運命をたどって

何年も

何十年も

残っていったり

 

ながいこと

そうしたことの理由が

わからなかった

 

書いたものの

魅力だとか

価値のあるなしだとか

人に好まれるかどうかとか

そんなことのせいかと

思い込んできた

 

ところが

ちがったのだ

 

だれかに宿った念には

場所も時間も時代もちがう

特定のだれかに

届くように定められたものがある

そういう念は

いかようにしても

特定のだれかに届くのだ

何年経とうとも

何十年経とうとも

遠く離れた

外国語の

地域にであれ

 

このことを悟ってからは

書かないようにすることを

ぼくはやめた

 

書くことに

意味があるとか

ないとか

思うのもやめた

 

ことばに乗っていくのが

よく整理された内容か

わかりやすく

吟味された表現になっているか

迷うのもやめた

 

すべては

いわば

帯電の問題

波動の問題

 

さらにいえば

やって来た念の

独自の運命の

問題

 

書き留める者にさえ

書くことの価値

無価値を

評価はできない

 

 





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