前衛は奇形的(アノマラス)
岡井隆
A
正岡子規の
あの
藤の
花房の
歌
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり
B
花などを挿す瓶に
藤の花が挿してある
その藤の花の房が短いので
畳の上に届かない
届かないんだよなァ
もう少しで
畳に届きそうなのに
短いもんだから
届かないんだよなァ
(子規には
「だよなァ」口調が似合う
ん
だよなァ)
C
この程度のことだけ
言っている
歌である
ヘンな歌
といえばヘンな歌で
藤の花の一房を切ってきて
瓶に挿し
部屋の中に飾ったのだろうが
だから
なんなの?
と
読んでムカツク人もいるかもしれない
D
畳に直接
瓶を置いたのか
それとも床の間に置いたのか
とにかくも
藤の花房が垂れているのだが
先端が畳に着かない
残念だなア
届かないんだなア
E
まア
子規は
どうだ?味があるだろう?
と挑戦してきている
わけだ
切り取ってきて瓶に挿した藤の花の先端が
房の長さが足りないので
畳の上に届かない
どうだ?味があるだろう?
F
美学的な挑戦である
新たな美
味のある情景の開発
それが
目指されている
「花ぶさみじかければ」のところの
字余りによって
作者の感情や思いが
けっこう表現されてもいる
G
この歌を作った時
子規はすでに病気で
寝たきり生活になっていて
初夏になって
家族が
藤の花が咲いたのをひと房切り取って
瓶に生けて持ってきてくれたのだろうか
子規はもう歩けないから
藤棚までじぶんで行って花を見ることが
できない
H
寝たきりになっていると
何でも見上げるような物の見方になるし
じぶんの頭のまわりの畳の上ばかり
見まわすことになる
瓶に挿して持ってきてもらった藤の花房も
そんなふうにして
ずっと見つめてみたのだろう
そうして見てみると
花房の先っぽが
畳の上に届かないぐらいの長さになっているのが
気にかかってくる
もうちょっと長いと届くのになァ
でも届かないんだなァ
届いたら
どんな感じになるかなァ
届いたほうがきれいかなァ?
届かないほうがきれいなのかなァ?
などと
藤の花の房の先っぽが畳に届くかどうかをめぐって
いつまでも考えてしまう
I
この歌
藤の花房の先端だけに意識を集中し
それ以外のことを捨てて
読者の誤解や無理解も恐れず
抽象芸術的な境地に踏み込んだ
とまで
評価してもいい
子規持ち上げ系は
だいたい
そんな評価方針で行っている
J
だが
それらのことは
ひさしぶりに読み直してみて
どうでも
よくなってしまった
いままで
視覚的な面ばかり思って
読んできたなあ
と
ちょっと
反省
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり
花房が
ちょっと短かくても
そのせいで
畳の上に届かないのだとしても
馥郁たる香りが
つよく
子規の上に流れこぼれていたはずだろう
花房が短かくても
畳の上に届かなくても
どうでもよく
その
どうでもよいことをわざわざ語って一首を埋めたのは
藤の花の香りが
ただならぬほどだったからだろう
ひとことも語っていない
しかし
当たり前のことを
この歌からは
想え
子規の最大の挑戦は
たぶん
これだっただろう
0 件のコメント:
コメントを投稿