2022年6月23日木曜日

子規の最大の挑戦


 

 

  前衛は奇形的(アノマラス)だと人は言へ走れる者は奇とならむつねに

     岡井隆

 

 

 

 

 A

 

正岡子規の

あの

藤の

花房の

 

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

 

 

 B

 

花などを挿す瓶に

藤の花が挿してある

その藤の花の房が短いので

畳の上に届かない

届かないんだよなァ

 

もう少しで

畳に届きそうなのに

短いもんだから

届かないんだよなァ

 

(子規には

「だよなァ」口調が似合う

   ん

だよなァ)

 

 

 C

 

この程度のことだけ

言っている

歌である

 

ヘンな歌

といえばヘンな歌で

藤の花の一房を切ってきて

瓶に挿し

部屋の中に飾ったのだろうが

だから

なんなの?

読んでムカツク人もいるかもしれない

 

 

D

 

畳に直接

瓶を置いたのか

それとも床の間に置いたのか

 

とにかくも

藤の花房が垂れているのだが

先端が畳に着かない

 

残念だなア

届かないんだなア

 

 

 E

 

まア

子規は

どうだ?味があるだろう?

と挑戦してきている

わけだ

 

切り取ってきて瓶に挿した藤の花の先端が

房の長さが足りないので

畳の上に届かない

 

どうだ?味があるだろう?

 

 

 F

 

美学的な挑戦である

新たな美

味のある情景の開発

それが

目指されている

 

「花ぶさみじかければ」のところの

字余りによって

作者の感情や思いが

けっこう表現されてもいる

 

 

 G

 

この歌を作った時

子規はすでに病気で

寝たきり生活になっていて

初夏になって

家族が

藤の花が咲いたのをひと房切り取って

瓶に生けて持ってきてくれたのだろうか

子規はもう歩けないから

藤棚までじぶんで行って花を見ることが

できない

 

 

 H

 

寝たきりになっていると

何でも見上げるような物の見方になるし

じぶんの頭のまわりの畳の上ばかり

見まわすことになる

 

瓶に挿して持ってきてもらった藤の花房も

そんなふうにして

ずっと見つめてみたのだろう

 

そうして見てみると

花房の先っぽが

畳の上に届かないぐらいの長さになっているのが

気にかかってくる

 

もうちょっと長いと届くのになァ

でも届かないんだなァ

届いたら

どんな感じになるかなァ

届いたほうがきれいかなァ?

届かないほうがきれいなのかなァ?

 

などと

藤の花の房の先っぽが畳に届くかどうかをめぐって

いつまでも考えてしまう

 

 

 I

 

この歌

藤の花房の先端だけに意識を集中し

それ以外のことを捨てて

読者の誤解や無理解も恐れず

抽象芸術的な境地に踏み込んだ

とまで

評価してもいい

 

子規持ち上げ系は

だいたい

そんな評価方針で行っている

 

 

 J

 

だが

それらのことは

ひさしぶりに読み直してみて

どうでも

よくなってしまった

 

いままで

視覚的な面ばかり思って

読んできたなあ

ちょっと

反省

 

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

 

花房が

ちょっと短かくても

そのせいで

畳の上に届かないのだとしても

馥郁たる香りが

つよく

子規の上に流れこぼれていたはずだろう

 

花房が短かくても

畳の上に届かなくても

どうでもよく

その

どうでもよいことをわざわざ語って一首を埋めたのは

藤の花の香りが

ただならぬほどだったからだろう

 

ひとことも語っていない

しかし

当たり前のことを

この歌からは

想え

 

子規の最大の挑戦は

たぶん

これだっただろう







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