母として
子育てを歌い続けた短歌で有名な五島美代子も
いまでは
ほとんど話題にされなくなっている
自分が妊娠してから
子を産み
ずっと育てあげていくまでを
つぶさに歌っていくのは
容易なようで
なかなか常人には遂げられない
彼女の場合は
大事に育てた長女に自殺され
子を失うという経験まで加わった
その時の葬儀のことも
短歌に歌い続けた
この向きにて初におかれしみどり児の日もかくのごと子は
花に埋もるる子が死顔の冷めたさを一生たもちて生きなむ吾か
棺の釘打つ音いたきを人はいふ泣きまどゐて吾はきこえざりき
吾に来し一つの生命まもりあへず空にかへしぬ許さるべしや
あやまちて光りこぼしし水かとも子をおもふとき更にあわてぬ
うつそ身は母たるべくも生(あ)れ来しををとめながらに逝かしめ
わが胎にはぐくみし日の組織などこの骨片に残らざるべし
こういう短歌が
だれでもすぐに手に取れるかたちで
書店に廉価な本で並んでいないというところに
現在の日本の文化の危機がある
ものにはすべて流行があり
かつて評価されたものも
次の時代には歓迎されなくなるのが世の倣いとはいえ
その国や民族の基幹をなす心情の表現を
すこしでも伝えようとしないならば
すでにその国や民族はあやしい
YouTubeで
中島みゆきの『誕生』*を聴いていたら
コメント欄に
こんなことを書き込んでいる人たちがいるのに気づいた
ちょっと暗い話で恐縮ですが、失恋して娘が自ら命をたちました。
その娘がガス窯に入れられ、お骨になるまでの間、
人生最大の地獄をかみしめながら、
なぜかずっとこの歌を心の中でくちずさんでいました。
生まれて7日目の娘を抱いて病院から家に向かう車の中で、
おだやかな日差しをあびて眠る娘を思い浮かべながら。
それから今まで何百回聴いたか解りません。
私の中では
この曲に悲しみも喜びも感謝もすべて詰まっています。
音楽ってすばらしいです。
支えられてきました。
ありがとうございます
亡くなった息子が大好きな歌でした。
元気な頃
お母さんこの歌いい歌だから聞いてみてよ
と言っていたのですが
その時は
聞く事はなく
亡くなった後この歌を聞いた時
涙がとまりませんでした。
息子が
部屋で歌っている声や姿が
忘れられません。
中島みゆきの『誕生』は
じぶんの子の死というようなテーマを歌っているものではないし
彼女が歌をつくる時の主要なモチーフである
ひとりで生きるのを強いられたものというテーマと
うまくいかない恋というテーマから歌いはじめて
だんだんとひろげて意味あいのもつれていった歌だが
Remember 生まれたこと
Remember 出逢ったこと
Remember 一緒に生きてたこと
そして覚えていること
という歌詞が
子どもを失ったひとたちのこころを
惹くのかもしれない
歌謡曲やポップスは
そして覚えていること
で終えられて
楽だな
と思ってしまう
生まれたことや
出逢ったことや
一緒に生きていたことを
覚えている
いまでも覚えている
いつまでも覚えている
……そう言ったところで
そういう唇に触れる大気のなかに
わたしが覚えているひとの記憶も記録も
これっぽっちもない
覚えている
いまでも覚えている
いつまでも覚えている
と言ったところで
わたしも死んで消えていくのだし
そういうわたしを覚えているひとはいなくなっていく
たとえ
わたしを覚えているひとが数人残ったところで
わたしが
生まれたことや
出逢ったことや
一緒に生きていたことを
このように覚えているひとを覚えていることまでは
覚えていてはくれまいし
そもそも最初から知っていない
そうして
わたしの消えたあとにしばらく残った数人にしたところで
いずれは消え去っていってしまう
Remember 生まれたこと
Remember 出逢ったこと
Remember 一緒に生きてたこと
そして覚えていること
などという
歌詞の
圧倒的な無効さが
みんな消え去ったあとに空間を領するだけだが
音も立てず
威圧感もなにもなしに
ただ
「覚えている」のなさが
「覚えている」の不在が起こり
永遠にそれだけが続いていくだけのことである
ことばでなにを言おうと
なんにもなりはしない
西脇順三郎の記したように
「存在はすべて悲しい」**
と記すぐらいが
せいぜいだし
その程度のことばの使い方が
ことばには
たぶん
ふさわしい
ポップスの作詞家
松本隆は
さすがにかるく
おしゃれに
こんなふうに書いて
大滝詠一の声に
乗せたことがあった
もうあなたの表情の輪郭もうすれて
ぼくはぼくの岸辺で
生きていくだけ……それだけ……
(「カナリア諸島にて」)***
しかし
秘訣を
ひとつ
教えようか?
存在の域に踏み込みながら
存在の魔に冒されてしまわないための
秘訣を
Remember 一緒に生きてたこと
から
「Remember」を
取り去ること
だ
一緒に生きてたこと
だけを
ときどき思うこと
さらには
すべてを現在形で語ること
一緒に生きてる
とだけ
思うこと
語ること
*中島みゆき『誕生』
https://www.youtube.com/watch?
**西脇順三郎「第三の神話」
***松本隆「カナリア諸島にて」
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