2023年12月30日土曜日

買い物をしにセルバンテスのいないドン・キホーテ後楽園店に向かって


  

 

ぱあではないかとぼくのことを
こともあろうに精神科の
著名なある医学博士が言ったとか
たった一篇ぐらいの詩をつくるのに
一〇〇枚二〇〇枚だのと
原稿用紙を屑にして積み重ねる詩人なのでは
ぱあではないかと言ったとか
         山之口貘「ひそかな対決」

 

 

 

 

 

後楽園までは

家から10分ほど

 

ドン・キホーテ後楽園店や

TOKYO DOME CITYのいろいろな店に

ちょっと買い物に行こうかと

まずは

東京ドームの前に入り込んでみたら

たいへんな人混みになっていて

なにか

東京ドームで

コンサートかなにかあるらしいのが

わかった

 

出演者たちの顔写真の

載っている団扇を持っている

女の子たちが多い

イルミネーションを背景にして

出演者たちの顔写真とじぶんの顔を入れて

写真を撮っている子がいっぱい

(「写メ」という語は

すでに

中年以上の人しか使わない言葉に

なったのだそうな…)

あちこちで立ち止まって

そんなふうにして

スマホで写真を撮っているものだから

渋滞しまくって

なかなか歩き抜けていけない

 

ちょうど開場前の時間に

来合わせてしまったらしい

 

だれのコンサートだろう?

と見てみると

Hey! Say! JUMPと見えた

 

ああ

そうなの?

 

名前は知っている

 

でも

ちゃんと歌を聴いたことはないし

メンバーがどんな子たちか

それも知らない

ひとりひとり顔を見たこともない

 

どうやら

29日から11日まで

四日連続でコンサートをするらしい

年末年始をぶっ通しで

Hey! Say! JUMPのメンバーたちも

ご苦労さまだこと

律儀につめかけるファンたちも

ご苦労さまだこと

 

それにしても

それにしても

それにしても

 

拒否しているわけでもなければ

忌避しているわけでもないものの

じぶんがまったく知らず

興味もない

若いアイドルたちのために

これだけの雲集をするファンたちのごった返しのなかで

不況だの

一般のひとには金まわりが

ひどく悪いだのという状況なのに

Hey! Say! JUMPへはこれだけ金が流れ込み

これだけ人びとのエネルギーが向かう現場に居てみて

驚かざるを得ない

そんなに裕福ではないのだろうに

こういうところには金をつぎ込み

これだけのごった返しのなかにわざわざ紛れ込んで

数時間を過ごそうとする

そんな人びとのありさまの異様さに

やはり

驚かされてしまう

ガザではついに2万人以上の虐殺となったそうだが

東京ドームのなかを効果的に爆破すれば

その2倍は死者数を容易に稼げる計算だろう

おお恐

おお恐

この時代

どこにいても雲集せずに散っていなさい!

若者たちよ!

ふと

心のなかで思ってしまう

 

それにしても

それにしても

それにしても

 

拒否しているわけでもなければ

忌避しているわけでもないものの

じぶんがまったく知らず

興味もない

若いアイドルたちのために

これだけの雲集をするファンたちのごった返しのなかで

おもに文字から成る表象芸術に

地上での時間とエネルギーを注ぐことにしてしまった

酔狂なぼくは

薄いダウンジャンバーのポケットに

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編集『砂の本』の

フランス語訳*入れていて

デイパックの底には

ガルニエ・フラマリオン版のホメロス『オデッセイ』を沈めている

メデリック・デュフールとジャンヌ・レゾンによる

2017年のフランス語新訳**

なかなかに馴染みやすく思える

いまさら買い直すまでもないというのに

12月23日に丸の内のクリスマスイルミネーションを見に行った

ついでに寄ったオワゾの丸善でこれを見つけ

カレンダーといっしょに買った

註から読書ガイドから研究資料まで含めて522ページもある

便利でみごとに読みやすく編集された『オデッセイ』が

税込みで952円とあっては

買っておかざるを得まい

フランスの出版界にあっては

学生たちが多く手に取るべき古典は廉価と決まっている

研究者や翻訳者や編集者が精を凝らした良本が

こんな安い値でいいの?

と驚かされる価格で売られていることが多い

 

ボルヘスとホメロスを携えたぼくが

2023年12月29日の

Hey! Say! JUMPファンの群れでごった返す東京ドームの前を

買い物をしに

セルバンテスのいない

セルバンテスのテキストのひと文字もない

しかしセルバンテスから流れ流れてきた合い言葉のような

おお!散種!(ジャック・デリダの用語としての)

雑貨屋のドン・キホーテ後楽園店に向かって

2023年の女の子たちをかき分けながら

歩いて行く

 

それにしても

それにしても

それにしても

 

世界文学界ではきわめて評価高く

史上の短編小説の名手のひとりたるボルヘスも

読み直してみると

さあ

今後の人類のどの程度の人数が

これを味読し得るだろうかと

首を捻りたくなる箇所が頻出する

多くの古典に触れたごく一部の読者たちだけが

ボルヘスの仕掛ける仄めかしや

ちょっとした洒落た文芸や哲学の謎を読み解けるのだろうが

今後ますます

そうした読者たちの数は減っていくと思えば

ぼくのポケットのなかに隠れて

Hey! Say! JUMPのネオンサインの光に触れない

フランソワーズ・ロセ訳の

フォリオ版の『砂の本』のありようが

ひどく象徴的でもある

 

むかし

詩人の山之口獏が

世界的知識人で

あらゆることに通暁している

名声赫赫たるポール・ヴァレリーでさえ

山之口貘という無名詩人のじぶんの詩なんぞ

読んではいるまい

と書いたことがあった


 

博学と無学 山之口貘


あれを読んだか
これを読んだかと
さんざん無学にされてしまった揚句
ぼくはその人にいった
しかしヴァレリーさんでも
ぼくのなんぞ
読んでない筈だ***


 

 

山之口貘は

この短い詩によって

知とはなにか?

についての

根本問題を抉り出した


知について

知的流行ということについて

世界を支配したヨーロッパの武力と技術力に乗っかった

ヨーロッパの知の波の波頭に華やぐ

フランス詩の精華のひとつ

ポール・ヴァレリーなる詩人にこびりつく

拭いようもない権力性について

貧困にべったりつきまとわれながら

沖縄から出てきた山之口貘は

フランス詩を紹介する大学教授たちとは違う角度から

いろいろ考えざるをえなかったはずだが

そういう山之口貘の

こんな詩を

ついに読むことなく

素通りしていったポール・ヴァレリーの

とは

いったい

なんだったか?

 



基地日本 山之口貘


ある国はいかにも
現実的だ
歯舞・色丹を日本に
返してもよいとは云うものの
つかんだその手はなかなか離さないのだ
国後・択捉だってもともと
日本の領土とは知りながらも
返せと云えばたちまちいきり立って
非現実的だと白を切るのだ
ある国はまた
もっと現実的なのだ
奄美大島を返しては来たのだが
要らなくなって返したまでのこと
つかんだままの沖縄については
プライス勧告を仕掛けたりするなどが
現実的ではないとは云えないのだ
踏みにじられた
日本
北に向いたり南に向いたりして
夢をもがいているのだが
吹出物ばかりが現実なのか
あちらにもこちらにも
吹き出す吹出物
舶来の
基地それなのだ***

 

 

 

借金を背負って  山之口貘


借りた金はすでに
じゅうまんえんを越えて来た
これらの金をぼくに
貸してくれた人々は色々で
なかには期限つきの条件のもあり
いつでもいいよと言ったのもあり
あずかりものを貸してあげるのだから
なるべく早く返してもらいたいと言ったのや
返すなんてそんなことなど
お気にされては困ると言うのもあったのだ
いずれにしても
背負って歩いていると
重たくなるのが借金なのだ
その日ぼくは背負った借金のことを
じゅうまんだろうがなんじゅうまんだろうが
一挙に返済したくなったような
さっぱりしたい衝動にかられたのだ
ところが例によって
その日にまた一文もないので
借金を背負ったまま
借りに出かけたのだ***

 

 

 

ひそかな対決  山之口貘


ぱあではないかとぼくのことを
こともあろうに精神科の
著名なある医学博士が言ったとか
たった一篇ぐらいの詩をつくるのに
一〇〇枚二〇〇枚だのと
原稿用紙を屑にして積み重ねる詩人なのでは
ぱあではないかと言ったとか
ある日ある所でその博士に
はじめてぼくがお目にかかったところ
お名前はかねがね
存じ上げていましたとかで
このごろどうです
詩はいかがですかと来たのだ
いかにもとぼけたことを言うもので
ぱあにしてはどこか
正気にでも見える詩人なのか
お目にかかったついでにひとつ
博士の診断を受けてみるかと
ぼくはおもわぬのでもなかったのだが
お邪魔しましたと腰をあげたのだ***

 

 

 

 

ポール・ヴァレリーの知と

山之口貘の知と

………と

ぼくは

設問を立ててみようとする

 

Hey! Say! JUMPファンの群れでごった返す東京ドームの前を

セルバンテスのいない

セルバンテスのテキストのひと文字もない

しかしセルバンテスから流れ流れてきた合い言葉のような

ドン・キホーテ後楽園店に向かって

2023年の女の子たちをかき分けながら

歩いて行きながら

 

TOKYO DOME CITY

年末年始も店を閉めないそうで

必要なものがあれば

元日でも二日でも

買いに来れるだろう

現代日本が手に入れた生活上の脅威のひとつが

これ

 

だから

今夜

TOKYO DOME CITYのいろいろな店や

ドン・キホーテ後楽園店で

年末にやりがちな買い込みなどは

する必要はない

 

ドン・キホーテ後楽園店では

今夜

料理酒やごま油

高級紅茶に負けない

定番のうまさのある日東紅茶「Day&Day 100Bags」や

このところ

気に入っている味のインスタントコーヒー

グリーンのラベルのUCC「職人の珈琲 ほろ苦い味わい」や

ドン・キホーテ特製の「情熱価格・素煎りミックスナッツDX」や

安値のバナナや野菜類

夕方以降には値引きをする肉類なども

買っていくだろう

 

そのあと

TOKYO DOME CITYのカルディ****に寄って

昨今人気が出過ぎて

売り切れ状態になってしまっている

ヘーゼルナッツの含有量が30%ある

おいしいウィターズ ジャンドゥーヤ・スプレッド*****

ひょっとして入荷していないか

見ていこう

 

ユニクロや無印良品やロフトに寄る必要は

今日は

ないだろう

見ているだけで気持ちのよくなる

低価格のアメリカ雑貨のオーサムストアー******にも

寄る必要はないだろう

 

 

 

 

*Jorge Luis Borges Le livre de sable, traduit de l’espagnol par Françoise Rosset, Gallimard, folio, 1978

**Homère Odyssée, Traduction par Médéric Dufour et Jeanne Raison, GF Flammarion, 2017.

***山之口貘詩集『鮪に鰯』より

****KALDI Coffee Farm

*****Witor’s Cioccolato Gianduia

******Awesome Store






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