るき子家屋まで

[２００１年３月作]

ふたりを棲んでいる
さびしさの芳香
芳香家屋、満村ヒロシ君、緒方順子さんの家屋（正式婚姻していない）
傍らにはジョン（満村家正式犬、非咆哮性）的方向性犬舎
したがってテーマはふたたび正式と非とである。

満村家屋に招かれていた。なにもわざわざ名を明かすまでもない一銘柄の
煙草を購入しがちだった頃で、一本一本、女性名をつけて吸い尽くしていく。
女性（名）を、一本一本。
女性は本数化していた。
しかし名を付けていた。るみ子、
るき子、るれ子、等と。春だった秋
だった夏だったのである
冬。名。だから、
愛を以って扱っていたとまでは主張しない。名は哀である。
る、の好きだった頃。
うぐいすさえ、うるいす、などと呼んでいた。
るるいす、とも。

満村家屋に到着する間際、
正式客か私は、
と疑う。きょうはよもや非正式客として、
るみ子や
るき子やるれ子を吸ってきたのではなかったか。この疑いは正式疑いだったか。
回顧、反省の現在時、るみ子の味も思い出そう
とする。るみ子の先端に着火して、吸った白いやわらかな
煙体。るみ子はじりじりと
燃える。唾液が
背後からるみ子に沁みてもいく。先端から
灰になっていくるみ子は、存在意義成就と消滅を同時に進行させていた。
燃焼（愛）と火葬（哀）が同時に。もちろん、
るみ子の本体がこの場合、燃え尽きていく煙草であるか、
発生してたちまちに霧散していく煙であるか、曖昧化して語っている。

なぜ満村ヒロシは、るみ子をツマ化しなかったのかと訝った。そうする間に、
るみ子を燃え尽きさせ、捨て、
わざわざ名を
明かすまでもない一銘柄の煙草箱（たばこばこ、bako-bako）から、るき子を
引き摺りだしたのではなかったか。
るき子の白い肌を指先に、
幾分かは抓ってやりたい思いさえあって。だが、よく
覚えている、そのときふいに、るき子こそが最後の女、生涯の妻、
と気づいたのだ。満村家屋の間際で、
わたくしはるき子に点火しない。吸い口だけと成り果てた
るみ子の残滓を足下に見ながら、るき子の白くほそい筒体を摩り、ふたたび
ta-bako-bakoにるき子を戻した。そして、
いまや特別化されたそのta-bako-bakoを封印し、るき子家屋としよう
と目論んだ。家屋内部にはかなりの本数が残っていたが、今後はそれらをすべて
るき子と呼ぼうとも決めた。煙草たちの名はみな、
るき子。
満村家屋に到着する必要性もなくなった、と認識した。

わざわざ名を
明かすまでもない一銘柄の煙草をそれ以後も購入しがちだったが、どの
ta-bako-bakoにも、るき子だった。正式るき子
と非正式るき子
との差異に迷ったことがないのは、いずれの一本にも正式るき子をわたくしが
投影したからであったろう。むろん、大切に保管してある例の
ta-bako-bakoに、満村家屋到着間際に出現した正式るき子を封印しては
あるが、このるき子家屋はあらゆるta-bako-bakoと連絡し
あっており、どこで購入したいかなる煙草箱もすみやかに
ta-bako-bako化し、開封すれば複数るき子なのである。それら一本一本のるき子をくわえ、舌先で
るき子最後部を舐めたり、唾液を浸透するままにさせたり
する。やがて、るき子先端に点火し、るき子を吸いながら燃やしていくが、
そこにはもはや、るき子存在成就と消滅が同時発生してはいても、
哀はない。

愛？　それについては、その渦中にある
者なら、いつでも、ことさらに言葉として口に出したりはしないもの
ではない
か。