むかし
むかし
あるところに
むかしがおりました
むかしは
むかしという
じぶんの意味を知っておりましたので
じぶんが
まだむかしになってもいないのに
へんな名前だ
と思っておりました
なあ、いまよ?
と
むかしは
いまに声をかけました
おまえも
おれも
こうしていまを生きているのに
どうしておれは
むかしなんだろうね?
なあに
むかしって
呼ばれているだけのことさ
おまえはむかしだが
いまを生きていることにかわりはない
呼びたいやつに
好きなように呼ばせておくことさ
ことばの上の
そんなこと
気にしてちゃだめだよ
いまは
こう答えると
ずいぶんのんきに
煙草なんか
ふかしたりしております
そういうもんかな
とむかしは思い
いまと名づけられたこいつには
どうやら
おれの気持ちは
わかりそうもないなと
ちょっと
がっかりしました
ひとの運命はわからないもので
いまは
しばらくして
若いみそらで急逝してしまいます
いっしょに
よく行った丘の上にきて
煙草なんぞ
のんびりふかしていた
いまのことを思い出すと
ほんとうに
ひとの運命はわからないもんだと
むかしは思いました
あのいまのやつ
死んじまったものだから
もう
いまはいない
あいつの人生は
いまじゃまるごと
むかしになっちまった
それに比べ
むかしという名のおれは
いまも生きていて
いまのむかしというわけだ
なんだか
わけがわからなくなってくるような話だな
そんなことを思いながら
ひとりで丘に座り
しみじみしたりしている
むかしです
むかし
むかしの
あるところでの
お話でした
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