2018年1月11日木曜日

天国のことかもしれない

 
起き続けて
夜が深くなっていく時には感じないが
まだ日の上らぬ頃
はや過ぎる目覚めをしたりすると
その上
ひどく静かだったり
冬場で寒かったりすると
気分は
かならず
底なしの深いおののきに陥っていく

孤独など怖くもないが
孤絶というべきものに自分が成り切ってしまっていて
つまらぬおしゃべりをして
慰めあう誰かもおらず
じぶんの中であれこれと思いを拾い上げては
それをしばし玩具にして
冷え冷えした孤絶を慰撫するのなど
いまさら
なんにもならないとわかり切っている冷めぐあいで
布団の中にある身体が
まだふつうに動くからいいようなものの
これがさらに老いて
現われ出た病や
どこかになお潜んでいる病などが皮膚の下に溜まって
筋肉も動きづらくなり
関節もいちいち痛むようになり
なにをするにも息切れするようになったり
血圧の絶えざる高下を感じるようになったりすれば
今でさえ底なしに深いおののきだというのに
いったいどうなってしまうことかと
暗澹たる思いに囚われてしまう

フランチェスコ法王の半生を描いた
「ローマ法王になる日まで」という映画では
アルゼンチンが軍事政権下にあった時
政府に反対する人々が逮捕後
感染病予防注射だと偽られて睡眠薬を注射され
手足を縛られ
すっかり眠ってしまったり
うとうとしたりしている状態で
軍用輸送機に積み込まれ
つぎつぎと大海原に突き落とされていった場面が
とりわけ静かに恐ろしく
印象深かったが
あんなふうに
まだ夜明けまで間のある時間に目覚めた意識は
孤絶におののいて
人生とか
運命と呼ばれることもある
巨大な軍用輸送機めいたものに積み込まれてきて
いまや
ついに夜の闇へと放り出されて
大海原のようななにかが
あるのか
ないのか
それともやはり底なしなのか
どこかへと
もう時間もなくなってしまったかのように
落下し続けていく

いや
たぶん
底はあるのだが
それは
着いた時には意識の絶えてしまう

天国
のことかもしれない
意識も
記憶も
私感覚も
もう
なくなってしまっているところ
ならば



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