2018年1月14日日曜日

また“はとぽっぽ”でも寄って行くかな

 
現在の住まいから近いギンレイホールのトイレは地下にあり
下りていく階段が細くて
女性客が例のごとく列をなしていたりするので
もちろん行く時は行くのだが
ちょっと行くのが面倒くさい気もする
男性トイレのほうは混まないが
列を作っている人たちの脇を擦りぬけて
細い階段を昇降するのが
ちょっとなァと思う

そんなつくりは
新橋演舞場のトイレにも似ていて
あそこでは恰幅のいい偉そうな御仁とも
けっこうすれ違ったりするので
あれはあれでけっこう面倒くさい
トイレの中も狭かったりする

歌舞伎座や国立劇場のトイレにも
ずいぶん馴染んでいるものの
あれらの場所のトイレは客席からけっこう歩いていくので
やっぱり面倒くさい
そういえば昔の歌舞伎座のトイレはどんなだったかしら
ひょっとしたら覚えているのかもしれないが
いろいろな劇場のトイレと混ざって
うまく思い出しようがない

有楽町の昔の朝日新聞のホールのトイレでは
小田実が隣りにやってきたりして
馬のように放尿するのを驚いて聞いたことがある
大島渚や加藤周一や
辻邦生なんかといっしょにいたことのあるトイレ空間は
あれはどこの劇場だったか
四谷シモンが下痢をして盛大な音を響かせていたのも忘れがたいが
あのとき澁澤龍彦とは
トイレでは鉢合わせなかったな

三軒茶屋にいた頃
うちから五分のところに名画座がまだ二軒もあって
客も激減する最終回や
逆にウィークデーの昼日中や天侯のひどく悪い時に
チャンスだとばかり
おにぎりやコーヒーをコンビニで買い込んで用意万端で見に行く
三軒茶屋シネマと三軒茶屋中央劇場だが
こんな時にはいつ行っても満員ではなく
凹んだ椅子とうすら寂しさがどちらも印象的で
三軒茶屋という場末の町の雰囲気がよく出ていた

エレーヌが生きていた頃
中央劇場の中で待ちあわせをし
あれこれの名画を見て夜も遅くなって出ると
すずらん通りの“はとぽっぽ”あたりで定食を食べたりしたが
エレーヌはあそこの野菜炒めがけっこう気に入っていて
じつは店にはレバ野菜炒めか肉野菜炒めしかないので
野菜だけの炒めはエレーヌのための店主の特製だった

三茶の中央劇場のトイレは
男性用と女性用がホールの両脇に別々にあって
男性用には「殿方洗面所」と古い字体で書かれていて
昔風のタイル張りの寒々しいつくりには
ずいぶんと雰囲気があって
なにかを思い出させられるような
なにかを悟らされるような気分にいつもさせられた

三軒茶屋シネマのほうのトイレを全く思い出せないのは
これはまたどうしたことだろう
ハナマサの脇の階段を上がって入場して
小さなロビーを見渡し
そうして
トイレはロビーのあちら側の奥にあったように思うのだが
全く思い出せないのは
いったいどうしたことだろう
もう三軒茶屋を離れて九年も経ち
行くこともないのに
あそこのトイレへの行き方やトイレの中の様子を
意地になって思い出そうとしたりする
この間もずいぶん高級なレストランにいた時
イタリア産だという大理石張りの
美しすぎてちょっと委縮してしまいかねないレストルームに
たったひとりで鏡の前に立っている時
三軒茶屋シネマのトイレはどうだっただろうと
なぜか頭がまわり続け
思念というのは本当にヘンなものだと
苦笑してしまったが

そんなヘンな問いとともに
思い出せない三軒茶屋シネマのトイレのイメージの不在の傍らに
三軒茶屋中央劇場の「殿方洗面所」の
あのタイル張りやアルミの通水管や薄ら寒さが蘇ってきて
ありありとすべてが見渡せた
エレーヌはもうトイレを終えて
ロビーで待っているだろう
また“はとぽっぽ”でも寄って行くかな
などと
回転し始めている思念があった



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