2020年4月17日金曜日

落ちてこない銃弾


  
空に向けて銃弾を撃ち、落ちてくるのを待つ。
発射地点にはバルベロの革を張った大きな太鼓を置いてある。
そこに落ちてくるのを待つのである。

太鼓の直径は1メートルで、銃弾ひとつが落ちてくるのを受け止めるのには、十分に大きい。
しかし、上空高く上っていった銃弾が発射地点に戻ってくるのを正確に待つためともなれば、その面積は十分に広いとは言えない。

射手は太鼓の革の上に乗って、銃口を上空真上に向けて撃つ。
射撃後にすぐ太鼓から降りて、あとはバルベロ革の表面を凝視しながら、延々と銃弾の帰還を待つのである。

すこぶる強度と柔軟性に富むバルベロ革が落ちてきた銃弾に射貫かれるか、それとも、銃弾を跳ね返すことになるか。
この点の観察が求められているのだが、跳ね返された場合にはふたたび上空へ垂直に上っていくような光景が見られるか、それとも、斜め方向に飛んでいくことになるかにも、われわれは熾烈な興味を惹かれてやまない。

ところが、銃弾は落ちてきたことはないのである。

もちろん、銃弾は上空で横からの風を受けるであろうし、大げさに言えば地球の自転の影響さえ受けるかもしれない。どれほど真っ直ぐに撃ち上げようとも、わずかの軌道の歪みが上空では大きな歪みとなり、どこか遠く離れた場所に落下することになるのだろう。

射手としては、最高の腕を誇る狙撃手を雇っているのだが。
確かに、2007年に3540m離れたイスラム国戦闘員を射殺して世界記録を樹立したカナダ軍特殊部隊の狙撃兵ほどではないにせよ、われわれの射手は、アフガニスタンで2009年に、2475m離れたタリバンの機関銃手をL115A3で射殺したイギリス軍ブルース&ロイヤルズのクレイグ・ハリソン軍曹には拮抗しうる腕の持ち主である。


撃った場所に垂直に落ちてくるよう、可能なかぎりの細心さで、彼が真上に銃弾を発射する。
今の人類のうちで、まず数人ほどしかいないであろうはずの腕を持つわれわれの射手が、想像もつかないほどの集中度で発射する。

日に二回、午前と午後にこの射撃は行われる。
時間は定められていない。
彼の完全な自由に委ねられている。
起床してから彼は心身の調整を始め、最適の瞬間が来るまで全身全霊で射手となり、おそらくは銃弾そのものともなる。さらには、空や高度ともなるのではないか、とわれわれは想像する。

ところが、銃弾は落ちてきたことはないのである。

バルベロ革は、ぴんと張り切られたまま昼の太陽を反射したり、夕日をせつないまでに眩く滑らせたりし続けている。




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