机の上に溜まる埃は
まことに
その豊かさを讃えたくなるほど
限りない
パソコンのモニターの縁にも
表面にも
埃は無限に付着し続け
おお!栄えあるかな!
限りない
学生時代に外国語を必死で学んでいた時
カセットテープをかけて
音声をくり返し聴いたり
音声とともに発音したりし続けたが
再生機にも埃は付着し続けるので
それを防ぐために
厚紙のカレンダーの一枚で
機械を覆うカバーを作ったことがあった
今でもありありと覚えているが
蔦の微細に繁茂する文様を印刷した写真で
ケルト文様ふう作品のひとつだった
ひょっとしたら
ウィリアム・モリスの作品の一枚だったかもしれないが
モリスの全作品を網羅的に知ってはいないので
そこまで正確には言えない
カセットデッキを使う時は
この厚紙製カバーをはずして
テープをかけたり
巻き戻したりして聴く
時間のとれる日には八時間ほど学んだので
その外国語習得は
いくらかは成果が出たが
夕方になって一日が終わる頃には
外国語のテープとのつきあいだけで終わった
貴重な素晴らしい一日の時間を
言いようもなく惜しく思った
なにを学ぼうとも
なにを身につけようとも
すべて時間とともに薄れていくし
いつまでも正確な記憶の極みには達し得ない
人は学びを讃え
素晴らしいことだと言うが
わたしには
失われたたくさんの素晴らしい日中の時間こそ
本当に素晴らしい得がたい地上体験と思える
学ぶことはどこまで言っても
醜く利己的で愚かな人間社会とのつき合いに過ぎない
言葉や文字も例外なく
冷酷で糞尿垂れ流しの汚れた人体たちが
過去のある時点で作ったり伝えたりした記号に過ぎない
出自の悪い物品に触れたりするのを
縁起が悪いとか
なにかよからぬものがうつってくるのではないかとか
忌避する人たちがいるが
言葉や文字ほど
真に忌避すべきものはないというべきだろう
ウィリアム・バロウズは
言葉こそ最悪のウイルスだと喝破したが
気づいてみれば
なるほど
これほど恐ろしいウイルスもない
埃のことから
いろいろと思いを始めたのだったが
気づいてみれば
埃は
どこか
骨粉に似ている
天ではなにかの火葬がたえず行われ
それから出る骨粉が
地上には
いつも舞い落ちてくるのだろうか
それとも
この現実界というのは
そもそも
巨大な火葬の場であったのだろうか
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