複声レチタティーヴォの連続のみから成るカンタータ叙事詩
[1982年作]
(第十七声) 3
(承前)
友が窓際に座り、わたしは内側の通路沿いに腰を下した。
その通路の向こうの席には、 オフィサーと呼ばれるこの合宿の運営者のひとりとそのガールフレ ンドが座り、 わたしたちの後ろの席にはわたしよりひとつ年上の上級生と、 彼がこの地で作ったガールフレンドが座った。
友が小声で、「後ろの先輩、ずいぶんと進んでるんだよ」 と言った。「もうそんなに仲がいいの?」と、 やはり小声でわたしが聞くと、「仲がいいなんてもんじゃないよ。 もう恋人同士そのものだよ」と彼は言った。
彼は、急に振り向くと、「ねえ、先輩、 彼女とキスしてくださいよ。写真撮ってあげます」と言った。
人の面前でそんなことをするわけがない、 と思っていたわたしも後ろを振り向いたが、 そういうわたしにとっては、 ずいぶんと妙に映る光景がそこに現われた。
上級生は二言三言娘に耳打ちすると、 いきなり唇を娘の唇に合わせた。
と見る間に、すぐに、彼の唇は娘の唇を深く覆い、娘もまた、 彼の唇の広がりや顎の動きに合わせて、大胆さを募らせた。
カメラが正確なシャッター音を二度三度響かせ、 彼らの親密さを永遠のものとした。
合宿が終わってしまえば、 彼らは二度と想いあうこともないだろうにーー、少なくとも、 そういう予感をわたしに抱かせるだけの安直さや気安さが、 彼らのこの情景、 たがいの口から息を吸い取るためにするようなこの大きな顎の動き 、 相手の唇の上をナメクジかヒルのように滑り広がる唇の異様な動き にはあった。
彼らはわたしたちの前で得意げだった。 いつまでも唇を離さなかった。
「もういいですよ、わかりましたよ、 そんなに見せつけないでください、先輩」と友は言い、「 先輩は恵まれてますよ。羨ましいな」と加えた。
わたしは姿勢を戻して、席に身を沈めた。
バスは動き出していた。わたしはシルヴィのことを思った。
いま目のあたりにしたような光景を、けっしてわたしは演じまい、 欲しもしまい、と漠然と思った。
……今日は、シルヴィを見ることができるだろうか?
(続く)
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