2017年10月19日木曜日

『シルヴィ、から』 45

 複声レチタティーヴォの連続のみから成るカンタータ叙事詩
 [1982年作]   

  (第二十二声) 2

   (承前)

 最後の日におよんで、シルヴィ以外の人たちとの交流を新たに求めるようなことは避けよう、とわたしは決めた。
むろん、今日のわたしは、シルヴィの後をついて歩いたり、その姿を求めてそれとなく彷徨ったりはしないだろう。わたしはできるかぎりひとりで過ごすつもりだ。
だが、つねにシルヴィのことを考えて過ごそう。シルヴィとは、この旅行において与えられたひとつの問題なのだ。わたしはその解決に努めよう。わたしを捕えているこういう問題が、一体、恋愛だなどと言えるだろうか?言えまい、いや、意地でも恋愛などとは思うまい。わたしはシルヴィに魅せられたのではけっしてなく、あくまでひとつの問題としての彼女が、わたしを捕えたにすぎないのだ。しかも、単に無聊を慰めるためにその問題に目を向けたにすぎず、わたしの内奥、わたしの心は、そんなものにはけっして本気で応対などしていない。心は不動であり、このような問題などは遅かれ早かれ消えていくだろう……
ーー内部でのこうした考え方の設定に、わたしはずいぶんと念を入れた。
この頃のわたしは、自分が愛されているという確証の得られないかぎり、けっして相手を愛さない、といった類の人間だった。
弱い人間が、恋愛のような、自然でもあり不自然でもある危険な心の活動の衝撃のひとつひとつから自己を守るためには、こういう態度がどうしても必要になるのだ。そのために、長い間、わたしの心のエネルギーは、いろいろな娘への関心を、なによりも自分自身に対して打ち消すことに、おおかた費やされてきた。
といっても、それら昔のことは、この、シルヴィのことに比べれば、なにほどのこともなかった。それまでのわたしは、恋愛というものにさほど重きも置かず、日常の折々に、束の間のほのかな愛着を娘たちに覚えては、次々とそれらを忘れていくことで満足していた。
が、今回はいささか異なっていた。シルヴィに魅せられているという事実を打ち消すために、わたしはすでに途方もないエネルギーを使っていた。エネルギーがわたしにどれだけ残されているのか、判然となど知る由もなかったが、ともかくもこの一日をどうにかやり通す必要があった。不完全なかたちででもよいから、シルヴィという問題(一体、それがどういう問題で、どう考えたらいいのかということさえ、全くわからなかったが)について、どうにか決着をつける必要があった。
にわかづくりの恋人とともに、最後の日をどのように楽しく思い出深く過ごそうかと友人たちが心を砕いている時に、わたしは、このような、わけのわからぬ不毛な配慮をせざるを得ないのだった。
友人たちは、将来小さな思い出となり得るものを作るために、今日という一日の中になんらかの思い出の種子を蒔くことができるだろう。ここで得た恋人と二度と会えないとしても、人生を豊かにするかのような幻影を演出する具体的な何ものかを、得ることもできるだろう。それに比べてわたしは、最後の日を、なにものをも生まない全くの不毛な時間として過ごさねばならないのだ。
おそらく、得られるのは、この日もまた時間を持て余した、という感慨だけだろう。そしてまた、やればできたのだけれども……という例の逃げ。
いつだったか、心に予想したように、この合宿生活はわたしにとって、やはり、何ごともなく過ぎ去り、やがては抽象的な漠然とした印象を記憶に留めるだけに終わっていくに違いない。

(第二十二声 続く)


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