2017年10月27日金曜日

この世の繁華街にまよって浮遊してきた時などには


―あの頃がいちばんよかったな!とフレデリックは言った。
―うん、確かにそうかもな。あの頃がいちばんよかったよ、とデローリエも言った。
ギュスターヴ・フロベール『感情教育』


なにかというと
うまくもないチェーン店居酒屋に
行っていた頃があって
それは
いっしょに飲む人たちに合わせていたからでもあるけれど
チェーン店居酒屋が隆盛に向かう時節でもあって
それはそれなりに面白みもあり
工夫もいろいろあって
どこの店も繁盛していたし
若者やOLたちも集まって若やいでいたから
なにかというと蘊蓄を垂れたがる飲み助オヤジたちだけが来るよう
しょぼくれた個人経営店よりよほど楽しめたということも
本当だった気がする

いっしょに飲む仲間は数年単位でがらりがらりと入れ替わり
身のまわりはすっかり
チェーン店なんかねェ…という雰囲気になり
行かなくなって
ずいぶんになっている

あちこちのチェーン店居酒屋の前を通るたび
サラリーマンたちや学生たちが
いっぱい出てきたり
入っていったり
わあわあ言っているのを見るうち
ふと懐かしさに取り憑かれるようになって
たまには行ってみたいものだと
ちょっと浮遊霊のように
思ったりもする

うまい酒なら
もうちょっとちゃんとした店で飲むべきだが
あの画一的な雰囲気と
人それぞれのバイトの店員の才覚によって
サービスぐあいがけっこうマチマチな
その偶然性の面白さや
がっかりさが
たまには経験し直してみたいものだと
妙なぐあいに
思ったりもする

チェーン店居酒屋隆盛の時代に
いろいろな店にいっしょに入って
一晩
チープな酒と食べ物を前に
ろくでもないおしゃべりをしながら
わたしの前を流れ去って行った人数は数百人に上るだろうが
彼らひとりひとり
たまにはこんなふうに
思い出すこともあるのかな
たまにはもう一度行ってみたいと
思う時もあるのかな

もちろん
まだ生きている人たちの場合だけれど
そうでない人たちも
あの世の繁華街に
たまには出てきた時などには
この世の繁華街に
まよって浮遊してきた時などには



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