2017年9月25日月曜日

『シルヴィ、から』 26

 複声レチタティーヴォの連続のみから成るカンタータ叙事詩
 [1982年作]   

 (第十六声) 3

 (承前)


 ……俺はいま女を蹴っている。
体と心が離れてしまったかのようだ。
きっと、長いこと、こうして蹴り続けているに違いない。
この女の腹へ、あるいは首のやわ肌へ、俺は靴の先を何度もめり込ませてやった。
この女、この娼婦、……こいつは俺の金と欲望をすでに掏ったのだったか、俺はこいつの部屋から出てきたのだったろうか。
それとも、これからか。
夜もさらに更けて、街の静けさという不思議なものが、この世をいやまして支配する頃、ーーあゝ、その頃、この娼婦とともに部屋に上がるのならいいが。
そうでなかったら、どこかへ、この街の闇のどこかへこの身を紛らわさねばならない。耐えがたいことだ、それは。
俺はなぜこの女を蹴っているんだ?
理由があったのか?
……もう忘れてしまった。
そして、俺はいま、どこにいるんだ?
この石畳の路地、すぐ先には底知れぬ坂。
この坂を下って行こうか。
行こう、しかし、どこへ?
蹴り続けるしかないのか?
蹴り止めたら、どうしていいかわからなくなるからな。
おや、女の脇で倒れたものはなんだ?
ーー空き缶。
大きな空き缶だ。まるで芝居の景気づけのように自らを喝采しながら、雨とも犬の小便とも知れぬものに濡れた坂を転がっていく。
この響きはなんだ?
俺を苛立たせる響き、空き缶が俺を笑うのか?……それにしても長い坂だな、この響きを言葉で真似てでもやろうか、そうすれば救われるかもしれない。
……なにから?
この響きからか?
あの空き缶からか?
それだけか?
……この響き。
この喧しさに腹を立てる者は、この静かな闇の中には一人もいない。
沈黙が、俺を嘲笑ってでもいるようだ。
これは劇か?それとも夢か?
いやいや、人生だ、……な。
これが俺の人生だ。
女も泣かない。
いや、泣いているのかもしれないが、もう、俺には聞こえない。
胃の壁を掘り抉りでもしたようなこの陥没、俺というもののこの陥没は一体なんだ?なにが悪いのだ?空には星があるか?
いや、無くてもいい。俺の過去が見た空には星があったからな。十分だとも、あれだけで。
……なにか知れぬ情景がまた蘇ってくるようだ。
勝手にするがいいさ。
だが俺はどうなるのだ?
自分の頭を、誰のものとも知れない風景、思い出とも幻とも知れない情景に奪われて、この俺は一体どうなるのだ?
おや、……バスが?
情景の中に現われたこのバスはなんだ?
俺はバスに乗ろうなどとは思わない。
なんだ、これは?
ハイキングか?
まったく、いい御身分の子供たちよろしくだが、もし、これが俺に関係あることだとすれば、昔のことだな。俺の昔、昔の俺。遠い異国まで旅行をしたのなら、その旅先で小さな遠足をするのもなるほど乙なものだ。
だが、そんなことが今の俺になんの関係があるのだ?
俺を俺でなくす力、この声、内部から浮かび出るこの声は、一体なんだ?
おまえは誰だ?ここは俺の頭だ。頭でなければ心。心でなければ魂。魂でなければ世界。世界とはすなわち……

 (続く)



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