（つまらない子だなぁ、どうしようもないほど、この子…
思いながら
わずかの縁から
飲んだり
食ったり
することになった子と向かいあっている
二回目だが
はじめて飲んだ時は
つまらなくて、ほとほと参ったもの…
ずいぶん経って
急に連絡が来たので
（ちょっとはオモシロくなったかな
と好奇心もあって飲み始めてみたが
つまらなく生まれてきた子は、髄からつまらないんだなぁ…
失礼でもなく
表面上の気づかいのふりもできないではないが
本当の気づかいは壮絶なほどできず
自分から話題は出せないし
すぐ黙ってボーッとし始めるのでこちらから話を向けると
まるで反射力のテストのように
ありきたりな俗な返事を二言三言してきて
コロリとまとめて
またこちらからの投球を待つ感じ
はじめに飲んだ時は
まだ若いからしょうがないんだろうなぁと思ったのだが
これは違うな、この子の本質なんだ
このつまらなさは
二度めでもあるし
もうこれで終わりだなぁと心でははやくも結論して
そうそうに
つまらない人間ってどういうのか
という
ここぞとばかりの観察時間に切り替えて
この子の反応をためつすがめつ凝視して吸い取ることにする
誰であれ
誰かにとってはおもしろかったり
つまらなかったりするが
そんなことはあたり前のことで
そんな時の「つまらなさ」はべつにつまらなくもない
そんな場合の「つまらなさ」には当てはまらないほどのレベルの
本質的なつまらなさを核に持っている子が
目の前にいるというのも
これはこれ
運命の恩寵と言うべきことではないか
（つまらない子だなぁ、どうしようもないほど、この子…
思いながら
もう二時間も
こちらにとっておもしろいテーマをひとつも持ち出せずに
世間のあちこちに浮揚している
あたりさわりのない話題を
はぐっ
はぐっ
抓んできては投球してやる
まるで反射力のテストのように
ありきたりな俗な返事を二言三言してきて
コロリとまとめて
この子
またこちらからの投球を待つ…
（もう二度と会わないなぁ
（そうねぇ、空いている日は… 時間は…
（などと予定を確かめることは
（二度とないだろうなぁ…
思いながら
これから処刑する人間にするようなぐあいに
顔を見つめ
頭の先から全身をさらにさらに観察し直し
笑顔をつくり
「そういえばね…
「あれはさ…
などとシグナルを点滅させながら
あたりさわりのない話題を
はぐっ
はぐっ
宙から抓んできては投球してやっていると
これはこれ
一期一会
急にそんな色あいに時間は染まりはじめて
この取り返しのつかなさ感が
ちょっと
スリリング
スリリング
から
日本語特有の連想で流れて
スリング
と頭に浮かび
飲みたくなっちゃったな
ひさしぶりに
シンガポール・スリング
この店
作れるかな？
シンガポール・スリング？
すいませーん、あの
シンガポール・スリングできます？
あ？
作れない？
そう。
いや、いいんです。
ちょっと、ひさしぶりに飲もうかなと思っただけなので…
（この子の選んだこの店も、まぁ、くだらない店…
それじゃあ
そろそろ、お勘定
あ、いいのいいの、ぜんぶ出しておくから
今日はお祝いね
そうねぇ、なんのお祝いだろうねぇ…
この子
駅まで送って
片づけて
わが人生から永遠に
片づけて
ひとり
どこか裏通りあたりのバーにでも入って
作ってもらっちゃおうかな
シンガポール・スリング
ラッフルズ・ホテル…
サマセット・モーム…
これらの言葉
もし
もし
いま口に出しでもしたら
ウィキペディア超簡易版みたいな単純明快解説を
また
してやらねばならなくなりそう
説明
してやったところで
そうなんですね、シンガポールの夕焼け、きれいなんですね
行ってみたいですね
夕焼け見てみたいですね
ラッフルズ・ホテルっていうのがあるんですか
シンガポールのホテルとかって
すてきですよね
サマセットなんとかって
小説家ですかぁ？
古典？
むずかしそ…
わたし、古いの読まないけれど
そういうの読むのって
すてきですよね
こんなやりとりが
またひとくさり始まりそうになるだけ
（すてきなら、さっさと読めよ、じぶんで
（「ですね」
（「ですね」
（「ですね」
（ばかり言ってんじゃないよ
（「ね」
（だけでコミュニケーションのごまかしを続けようとする亡霊よ
「シンガポールの夕焼け、きれいなんでしょうか」
「シンガポールのホテルとかって、すてき」
「行ってみたい」
「夕焼けみてみたい」
（そう言ってみろ
（せめてその程度にでも言い直してみろ
（そうすれば変わるんだ
（世界は…
…いやいや、
激しているわけではない
あいかわらずの微笑みを向けながら
いつものように
なにも
言わない
本当に思っていることだけは
あらゆる一期一会には終わりがしっかり来て
はい、さようなら
お片づけだ
おお、神よ！
わが人生から永遠に
そして
シンガポール・スリングだ
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