罪も報ひも後の世も 忘れ果てて面白や
謡曲『鵜飼』
頼まれて
貴族だった友だちの古い城に住んだ晩秋
秋の深さをつくづく味わい
たったひとりの深夜も
あかときも
ときおり季節ちがいに暑くなる日中も
異国というより
異界
異界というより
べつの転生であるかのように
指先に絡みつくかのような
濃厚な時間があった
ときどき旨く淹れた茶が飲みたくなり
厨房で湯を沸かし
数杯分の茶を淹れる
しかし
ふいに小部屋のひとつに用事を思い出し
尖塔のてっぺんまで上っていったりすることがあった
すぐに下りてくればいいのに
読みさしの本をそこで手に取ってしまい
しばらく見入ってしまったりする
そうするうち
あ、お茶を淹れていた!
と気づいて
急いで下りていくのだが
もう数十分も経ってしまっていて
ブラックティー
という名がぴったりの苦い液体が
わたしを待っていたりした
あゝ、あの頃の
たったひとりだったわたしももう死んでしまい
たったひとりではない
たったひとりではありえないわたしが
たくさんの妻たちや子たちや孫たちや曾孫たちに囲まれて
家屋敷どころか
街も
山野も
国も
惑星ひとつも所有して
それを囲む星雲までも所有しているが
いまもたびたび
痛切に懐かしく思い出す
たったひとりだった
たったひとりでしかありえなかったあの頃の
ブラックティー
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