深夜にゴミを
ゴミ置き場まで捨てに行くことがある
高層階からエレベーターで地下まで下りていく
深夜なのでまず誰にも会わない
誰にも会う可能性のほとんどないエレベーターに乗って
高層階から地下まで下り
地下から高層階までまた上っていく
これは特別な経験といえる
ひょっとしたら異常な経験かもしれない
深夜1時を過ぎるとエレベーターはほのかに異空間になる
それは日中のエレベーターとは違うし
帰宅者の増える夕刻から夜のエレベーターとも違う
階の電光数字だけがどんどん変わるが
他はまったく変化しない
高さも変わり続けているが視覚上も聴覚上もそれは感じられない
いつのまにか地下に着き
いつのまにか自宅の階に着く
住み始めた当初はすこし恐れを覚えた
深夜のエレベーターに長くひとりで乗るのが怖く感じた
地下に着いて扉が開くのもどこか怖く
地階のエレベーターホールにおもむろに灯が灯るのも怖かった
自宅の階に戻れば戻ったで正面には外とホールを距てるガラスがあ
夜はそのガラスに明るいこちら側が映る
ひとりで乗ってきたエレベーターから下りる自分だけがガラスに映
自分以外にも誰か映り込んだりしていないかと怖かった
ホールに下りれば下りたで清潔だが無機質な壁の廊下を行くことに
その無機質さが病院の廊下のようでもあって怖かった
何年もくり返したせいで怖さというものはまったくなくなったが
それは住み始めた当初にいちいち覚えた怖さを
自分の精神として吸収し尽くして自分が変質したからに違いない
あれらの怖さを世界や人間存在の当然の要素として
自分の血肉としたからに違いない
これはそれらを自分の血肉としていない人たちを差別することに繋
自宅から地上や地下への移動の時間を
無機質なエレベーターの中で長く過ごすことを当然としない人々へ
どうしようもない切断を精神の中に設置することに繋がる
住み場所や住み方が強いてくる変質とはそういうことで
いかに違った考え方や感じ方をしようと心がけても避けようはない
住み始めた当初
まだエレベーターが嫌いで不慣れで
自分の日常生活の中にこれが入り込むのなどあり得ないと思ってい
こんなものと日々つき合い続けていたら
自分はすっかり変わってしまって別人になってしまうだろうと思っ
今これを書いているのは
その別人なのである
住み始めた当初の人格も精神も感受性も心も魂も
もう片鱗さえ持っていない別人が
これを書いている
この別人が
ここに住む前のべつの住み方や暮し方を思い出して記してみる時
それは痛切極まりない思い出である
自分のことのようでありながら
二度と戻ることのない失われた別人の
まるで前世のことのような思い出なのだから
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