ずいぶん遠いので
めったには行けない
かつてホテルだったという
その廃屋の
けっこう奥の廊下に
とても美しい壁画があって
いちど
たったいちどだけど
ちょっと好きだった女の子に
連れて行かれた
中近東の美術史を研究している子で
美的な感性が
ちょっと変わっていた
たしかに美しい壁画で
それに
ところどころ
剥げかかっていて
よけいに美しく見えた
暑い日で
汗を拭き拭き眺めた
女の子はその壁画の前で
見る見るうちに男の子に変わり
それがまた
美しい男の子で
ぼくは抱きしめたくなって
ほんとに抱きしめて
キスしてしまった
風とせせらぎのような眼差しを残して
彼は壁画の中に収ってしまい
絵の中の男の子になってしまった
この子がぼくを呼び寄せたのか?
そう訝ったが
ならばどうして
女の子の姿でぼくを連れてきたのか
そこがわからなかった
いまもわからないままだ
かつてホテルだったという
その廃屋
ずいぶん遠いので
めったには行けないが
もし
もういちど
ひとりで行ってみたとしたならば
きっと
さめざめと
ぼくは泣いてしまう
絵の中に
居続けている男の子を見ながら
どこでもやらないように
だれの前でもやらないように
きっと
さめざめと
ぼくは泣いてしまう
けっこう奥の廊下の
とても美しい壁画の前で
いちど
たったいちどだけど
ちょっと好きだった女の子に
連れて行かれた
あそこで
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