知らず知らずのうちに長く生きてくると
10年はもちろんのこと
20年ばかり前のこともついこの間のことにしか感じない
過去のことには違いないが
昔というほどのことには感じられない
記憶を含み持ちながらの意識の持続というのは
こうした感覚を生み出すものらしい
今から26年前のこと
1998年だが
わたしにとっては
この時に数十年にひとつかふたつぐらいの
最大の驚嘆すべきことが起こった
それはわが身に起こった事件ではなく
世界規模の大事件でもなく
いや
大事件には違いないのだが
科学的な観測結果がひとつ出たというだけのことなので
世間的には事件とは受けとめられなかっただろう
ビックバン以降膨張を続けていた宇宙は
重力で物質どうしが引きつけ合うことから
膨張速度は減速していくと信じられていたというのに
実際には逆で
50億年ほど前から加速していることが
観測から明らかになったのだ
それが1998年のことだった
わたしにとって
地球上での
いや
宇宙の中での
これを上まわる大事件は
これ以後起こったためしがない
このことを
素粒子物理学者であり
カリフォルニア大学バークレー校教授の
野村泰紀氏の『なぜ重力は存在するのか』*を読んでいて
ひさしぶりに思い出した
野村泰紀氏も
この観測結果について
「この結果は大きな衝撃でした」
と書いている
そして
素粒子物理学者でないわたしが思いつかなかったような
こんな展開を見せてくれている
「これは
宇宙のエネルギーの大部分は
物質によるものではないということを
意味しています。
この宇宙の膨張を加速させる未知のエネルギーは
『暗黒エネルギー(ダークエネルギー)』
と呼ばれています」
暗黒エネルギーとはなにか
「真空のエネルギー」と呼ばれる
空間自体が持つエネルギーではないか
というのだが
まだ正確には観測されていない
という
とはいえ
宇宙全体のエネルギーの7割をこの暗黒エネルギーが占める
とは
わかっているそうだ
残りの3割は物質によるエネルギーとなるが
こちらにしても
大部分は人間の目には見えない未知の物質であり
「暗黒物質(ダークマター)」であることが
知られている
暗黒エネルギーと
暗黒物質をあわせると
宇宙エネルギー全体の約95%を占めるが
わたしたち人間は
この宇宙や
この地球に生きていながら
宇宙の95%をまったく知らない
まったく知らないままに
生まれたと思い
生きていると思い
死んでいくわけだが
こう考えてくると
空海が『秘蔵法鑰』に書いた
生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し
という言葉が
物質的な面についての知においても
リアルに迫り直してくる
もちろん
パスカルの
無限を前にした恐怖についての
あまりに素直で
かつ
正確な表白も
間近に迫ってくる
永遠というもののなかに飲み込まれている、私の生の小さな持続。
その永遠は、私が満たし、私に見えてもいるこの小さな空間が
現われる前から存在していたし、
また、この空間が消え去った後にもあり続ける。
私がいる小さな空間は、
私が知らず、私を知りもしない無限の途方もない広大さのなかに
沈み込んでいる。
こんな私の命のちっぽけな持続を思うと、
そうして、驚くのだ。
私が、他の場所でなく此処にいることに。
なぜこの今現在に居り、他の時に居ないのか、と。
誰が私を此処に置いたのか?
誰の命令と指導によって、
この場所とこの時間が私に定められたのか?
Memoria hospitis unius diei praetereuntis.
(不信者の望みは風に運ばるる籾殻のごとく、
嵐の前に消えゆく泡のごとく、
風にあふ煙のごとく
散らされ、
ただ一日留まれる客の思い出のごとく
過ぎ去るなり。
[旧約聖書 知恵の書 5-14])
Quand je considère la petite durée de ma vie,
absorbée dans l'éternité
précédant et suivant le petit espace
que je remplis et même que je vois,
abîmé dans l'infinie immensité des espaces
que j'ignore et qui m'ignorent,
je m'effraie et m'étonne de me voir ici plutôt que là,
pourquoi à présent plutôt que lors.
Qui m'y a mis?
Par l'ordre et la conduite de qui
ce lieu et ce temps a-t-il été destiné a moi?
Memoria hospitis unius diei praetereuntis.
(205)**
レオン・ブランシュヴィック版の『パンセ』によれば
この205番の断章の後に
有名なこの言葉が来る
これら無限の空間の永遠の沈黙は、私を震撼させる。
Le silence éternel de ces espaces infinis m’effraie.
暗黒エネルギー(ダークエネルギー)と
暗黒物質(ダークマター)のなかへ
いつも
いつまでも
永遠に
沈み込んで
埋もれてしまっている
わたしたちの生
それを
せめては認識する
わたしたちの意識の
小さな
小さな
短い持続の
まだ
起こっている
いま
*野村泰紀『なぜ重力は存在するのか 世界の「解像度」を上げる物理学超入門』(マガジンハウス新書、
**Blaise Pascal Pensées (Présentation par Dominique Descotes et Marc Escola, Texte établi par Léon Brunschvicg, GF Flammarion, 1976,2015)
訳出にあたって、思い切って意訳した部分もある。
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