2025年1月2日木曜日

無の舞踏


 

 

フィクションのかたちで表現するのは

いちばん

気に入っている

 

というか

いちばん

正確

 

なにも表現していないことになるのだから

 

フィクションとは

ということで

なにはともあれ

そこに

表現行為が表わそうとするものの実体はないということだから

 

そもそも

言葉も言語体系も言語行為も

はじめからフィクション

 

なにを主張しようと

なにを論述しようと

なにを仄めかそうと

はじめから終わりまでフィクション

 

無の舞踏

ばかりが続いていく

人界

地上

精神という舞台

意識という舞台






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