井原西鶴は
金がないことを「貧病」と呼んだが
これを直す妙薬に
「長者丸」というのがあるといい
この薬の調合を
『日本永代蔵』巻三の
「煎じやう常とは変る問薬」に
このように書いている
△朝起五両
△家職二十両
△夜詰八両
△始末十両
△達者七両
薬の調合にあたって
「一両」というのは四匁のことで
金貨の「一両」とは違う
「家職」は家業
「夜詰」は夜勤
「始末」は節約
「達者」はもちろん
健康であることをいう
これら五十両分を粉末にし
ちょうどいいぐあいに
「朝夕呑み込むからは、長者にならざるといふ事なし」
なのだという
ただし
この妙薬には禁忌があって
次のようなことは
絶対に絶たなければならない
〇美食・淫乱・絹物を不断着
〇内儀を乗物全盛、娘に琴・歌賀留多
〇息子に万の打囃(うちばやし)
〇鞠・楊弓・香会・連俳
〇座敷普請・茶の湯数奇
〇花見・舟遊び・日風呂入り
〇夜歩き・博奕・碁・双六
〇町人の居合・兵法
〇物参詣・後生心
〇諸事の扱ひ・請判
〇新田の訴訟事・金山の仲間入り
〇食酒・煙草好き・心当てなしの京上り
〇勧進相撲の銀本・奉加帳の肝煎
〇家業の外の小細工・金の放し目貫
〇役者に見知られ、揚屋に近付き
〇八より高い借銀
これらは
毒を持つハンミョウよりも
劇薬の砒霜石よりも恐ろしいので
よくよく心せよ
とある
西鶴が書き並べるところの
これら
「貧病」にとっての猛毒の数々については
いちいち現代語にはしないが
まあ
だいたいはわかるだろう
「八より高い借銀」というのは
銀百匁につき八分の利息より高い借金はやめろ
ということで
「諸事の扱ひ」というのは
調停のこと
「美食・淫乱・絹物を不断着」などは
なるほどよくわかるし
「息子に万の打囃(うちばやし)」は
打楽器の芸事なんか息子にさせるな
ということで
ろくにセンスもないのに
ミュージックに入れ込む馬鹿息子は
江戸時代にも
いっぱいいたらしい
「鞠・楊弓・香会・連俳」は出費の華だし
「座敷普請・茶の湯数奇」も
もちろん「花見・舟遊び」も
「夜歩き・博奕・碁・双六」も
止めときゃいいのに「町人の居合・兵法」も
「食酒・煙草好き」も物入りだが
「日風呂入り」と言って
毎日風呂に入るのを
贅沢事に数えているのは面白い
「心当てなしの京上り」は
目的もないのに上京して遊ぶことで
そりゃあ出費も当たり前
「役者に見知られ、揚屋に近付き」は
歌舞伎役者と知りあいになり
揚屋などに出入りするようになって
物入りになることだが
いまで言う「推し」なども
入るかもしれない
日本という奇妙な世界での
日々の生活にあたっては
いろいろな振舞いや知恵のことで
わたしは西鶴を師と仰いでいるのだが
このように抜き出してみるだけでも
西鶴先生がどれほど
透徹した厳しい処世観を持っておられたか
どなたにもおわかりいただけよう
というもの
0 件のコメント:
コメントを投稿