2025年1月22日水曜日

入相は檜原の奥に響きそめて


 

 

 

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

 

いうまでもなく

二見浦百首に見られる

藤原定家の二十四歳の名歌で

打ち消しの美学の金字塔なのだが

秋といえばこの歌だとか

この歌が最高だなどと

今さらながら人に言われるのも

興ざめで

なんだか酷く俗な境域に

引き落とされる気もしてしまう

 

定家の好敵手にして

敬愛すべき友

日本詩歌中の天才

藤原良経の

たとえば

正治二年院初度百首歌の

秋二十首の第五首目の

こんな歌

 

おしなべて思ひしことのかずかずになほ色まさる秋の夕暮

 

であるとか

 

京極為兼のパトロン

伏見院の

 

秋よ今残りのあはれをかしとや雲と風との夕暮の時

 

であるとか

 

詩歌の帝と呼ばれた

後鳥羽院の

 

おほかたの憂き身は時もわかねども夕暮つらき秋風ぞ吹く

 

であるとか

 

あるいはまた

趣をかえて

意表を突くかたちで

美術を愛し

文芸を好んで

新千載和歌集に二十二首入選し

風雅和歌集には十七首入選

その他の勅撰和歌集に選ばれたものを総計すると

八十八首が選ばれた

足利幕府初代将軍足利尊氏の

 

入相は檜原の奥に響きそめて霧にこもれる山ぞ暮れゆく

 

など

たまには

選んで見せてもらいたいもの

思ってしまったりする

 

尊氏の歌は

シンプルなようでいて

暮れがたの山あいを行く経験を持つ者には

非常にリアルな感覚を

思い出させてくれる歌といえる

 

京都の

どこかの檜原であったのか

それとも

檜原で有名だった

初瀬や巻向や三輪のあたりを

戦のさなか

暮れがたに進んだことが

あったか

 





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