見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
いうまでもなく
二見浦百首に見られる
藤原定家の二十四歳の名歌で
打ち消しの美学の金字塔なのだが
秋といえばこの歌だとか
この歌が最高だなどと
今さらながら人に言われるのも
興ざめで
なんだか酷く俗な境域に
引き落とされる気もしてしまう
定家の好敵手にして
敬愛すべき友
日本詩歌中の天才
藤原良経の
たとえば
正治二年院初度百首歌の
秋二十首の第五首目の
こんな歌
おしなべて思ひしことのかずかずになほ色まさる秋の夕暮
であるとか
京極為兼のパトロン
伏見院の
秋よ今残りのあはれをかしとや雲と風との夕暮の時
であるとか
詩歌の帝と呼ばれた
後鳥羽院の
おほかたの憂き身は時もわかねども夕暮つらき秋風ぞ吹く
であるとか
あるいはまた
趣をかえて
意表を突くかたちで
美術を愛し
文芸を好んで
新千載和歌集に二十二首入選し
風雅和歌集には十七首入選
その他の勅撰和歌集に選ばれたものを総計すると
八十八首が選ばれた
足利幕府初代将軍足利尊氏の
入相は檜原の奥に響きそめて霧にこもれる山ぞ暮れゆく
など
たまには
選んで見せてもらいたいもの
と
思ってしまったりする
尊氏の歌は
シンプルなようでいて
暮れがたの山あいを行く経験を持つ者には
非常にリアルな感覚を
思い出させてくれる歌といえる
京都の
どこかの檜原であったのか
それとも
檜原で有名だった
初瀬や巻向や三輪のあたりを
戦のさなか
暮れがたに進んだことが
あったか
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